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2024/04/04

特集・飴屋法水 東京グランギニョル 雑誌記事・JUNEエッセイ


🍬飴屋法水・雑誌エッセイJUNE 🍬
  ★Tokyo Grand Guignol★       
  これらは当時発売された雑誌などに掲載された記事です。最初の記事は、飴屋法水氏と何度か
 インタビューをした記者による文章です。その後の記事は、JUNEという雑誌に飴屋法水氏が連載
 していたエッセイです。JUNEは美少年や美青年たちの純粋なゲイを特集した雑誌だった為、美しい
 美青年の役者が揃ったグランギニョルは、JUNEのテーマに当てはまる素材だったと思われます。


  東京グランギニョル 増殖する“少年Ameya
 (1986 WAVE Metafiction)    記者が語る飴屋法水Ameya Notimizu 
 

  15歳の春は決して終わることはない。この都会に漆黒の闇を呼べば。
最期の少年期があとわずかで消費され尽くされる時に、A(飴屋法水)は1人呟いた。
少年が特権的な階級であったことを心底、口惜しく思い出すようになったの
は、もう20歳を超えた頃だった。Aは思う。何故あんな呟き1つで、少年
期を終わらせてしまったのだろうか。少年の残像の中で自分だけは永遠に歳
をとらない、少年でいられるということを信じていたのかもしれない。
呟いてみたが、それは単なる強がりなポーズのつもりであったのに……。
だからそれは、少年を延命するAなりの儀式のつもりであったのだろう。
しかしやはりあの呟きは、まさにAの少年期の終幕を位置づけていた。
それが、今では、鮮やかに意識化できる。
   ならば精神の安易さの為に、モラトリアムの状態にしてあった、殺意とか
残酷はどう昇華すれば良いのだろうか。Aは、終焉してしまった自らの少年期
に逆上する。

 少年が、時代のテーマである。少年がそこかしこに氾濫している。しかし良
く語られることを望まなかった少年達である。Aは、ネガティブな少年である。
 カリスマ性を帯びるスターはどこか必ず少年的である。近ごろは、少女の
スターですら少年的である。Aは、世に聡い人間が装う少年ではなく、決して
背が高くならないような悪意を持って少年にとどまっている少年である。

Aは、端正な顔をしている。しかし自分の顔が1番美しく見える角度を知らない。
美しさによって、老人を誘うような純粋さを持ち合わせてはいない。どんなに
醜く見せても、少年である輝きが少しも失われることがないことを自信を持って
知っている。だからA氾濫、最も少年らしい残酷さを顕わにする。

  少年時代けられたわりをらぬ復讐劇は––––。

 東京グランギニョルの演劇には、少年がたくさん出てくる。少年しか出てこない
と言ってもいいくらいだ。成熟した女は、豚のように扱われ、鉄のペニスを差し込
まれる。そして「ライチ」の物語から突如として消去されまったく登場しなくなる。
犯され軽蔑される為にだけ物語に挿入された女。Aの物語に許されるのは、たった
1人の少女。「ライチ」では、越美晴が粉するマリンと呼ばれる少女。
越美晴–––「ボーイ・ソプラノ」というLPを最近リリースした最も少年らしい少女。
おそらく越美晴は、自分のことを僕と言う少女に違いない。Aの世界は敢えて未熟
である。
 Aは、老人のような意地悪な目つきをする。押し殺したような声で、ケケケケと
笑っている。少年達の秘密結社。Aは、決して秘密結社を主宰しようとはしない。
結社を主宰する少年に一目置かれる外部の存在。そのくせ結社に影響力がある。
どこの学校にもそんな切れ味の良い少年が1人はいたはずだ。決して20歳を越えられない少年が。Aは、あらゆる人間の少年期に復讐しようとしている。
 Aは、J劇団で音響をやっていた。歌謡曲ばかりが使われた。その時にはあまり気にしていなかった。タップ・ダンサーが出る芝居が上演されることになり、タップ・ダンスを練習することになった。地下室で練習していた時にAはふと少年期を思い出す。
こうやって地下室で、足をどんどんどんと踏み鳴らすのが僕達のダンスだったんだ。
記憶が甦った少年は、再び劇団に戻ることはなかった。PILのドラムに合わせて少年たちが、足を踏み鳴らす「マーキュロ」のオープニング・シーンはこうしてできあがった。
 東京グランギニョルの第1回公演「マーキュロ」は、劇画家・丸尾末広の作品のイメージを舞台化したかったから……歌謡曲じゃなく僕達の好きな曲で舞台を作りたかったから……Aはそんなことを呟いた。分かったような気になって、劇団を舞台化するアナーキーでロマンティックな東京グランギニョルなどと書く。しばらくしてAに会うとちょっと眩しそうな顔で「僕、そんなこと言ってないよ。丸尾末広の劇画に舞台が似てない」って言われて迷惑しているんだ。」などと言う。

  好きなイメージ、好きな音……。
       それがやれなければ 舞台はできない。

Aと一緒に食事をしたことがある。おこげ御飯。カラカラに焼かれた御飯に汁をかけるとジューという音を立てて食卓いっぱいに蒸気が舞い上がる。Aは無関心そうにながめていた。
 「ガラチア」という2回目の公演では、舞台におこげ御飯が登場した。熱くしたコークスに水をかけたようだが、なかなか感じがでていた。素直じゃないな。
 今回は「ライチ」。まさかおこげ御飯を食べた後に出た、デザートのライチじゃないんだろうな? そうだよ。Aは、いたずらっぽく笑う。ライチをエネルギーにする人造人間ライチ(嶋田久作)。少女に恋をして意識を獲得する。「ライチ」はどうも梅図かずおの「私は慎吾」を下書きにしているようだ。少女の名前はマリンだし……。
 東京グランギニョルの芝居を作っていく興味は、どうも社会などというものからはるかにかけはなれている。デザートのライチだったり、漫画だったり、ミュージシャンのイメージだったり。彼らも、大きな意味でメタの時代に生きる演劇であると言えよう。

役者の質も変化している。それは見える側の変化でもあるが、演技を見るより生地に近いキャラクターを見るようになっている。キャラクターということにかけては、東京グランギニョルの嶋田久作が断突である。人工骨を埋め込んだような顎、しゃべりながらよだれが垂れてしまう体質、狂ったような踊り。演技を超えたキャラクターは一見の価値がある。
 東京グランギニョルは、公演が終了する度に役者が離散する。バンド活動をする者や、学校に戻る者……。再び戻ってくる者も少しはいるが、ほとんど新しいメンバーで次回の演劇を上演する。これも時代的だ。彼らには、行為する価値はあっても評価される意味はないのだ。

著者の名前は見当たりませんでした。



📕以下、飴屋法水本人によるエッセイ📗
      


 ✨🌹美少年雑誌 JUNE🌹✨    
      に掲載された飴屋法水氏のエッセイ。
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子供の頃のお東京グランギニョル主宰飴屋法水
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      1986                    
 5月1日、晴れ。武井くんに車の運転をしてもらい、引っ越しをした。猫と2人暮らしには
充分の広さ。うれしい。が、おかげで本日〆切のJUNEの原稿を書いてない。引越し前に書くつもりだったけど、きのうはグランギニョルの石川君(ニコ)のバンド“DAYS“のライブ、おとといは美晴ちゃんと2人で坂本龍一のライブ……と遊んでばかりいた。明日書こーっと、そうそう“DAYS”に今度入ったドラムの佐々木君は、なかなかSexyな美青年だし、ヤマジ君も鋭いギターを弾くので、読者の皆さんもライブに行ってみて下さいませ。
 5月2日、曇り、のち時々(残念ながら放射能のまじってない”雨。先月号の読者からのおたよりにはビックリした。よく「野ばら」のビデオを見つけましたね。地方にも、あんなにグランギニョルに興味を持って下さる方がいるのだなあ。地方公演もしようかなあ……。
それからビデオにグランギニョルの役者2人が出てると書いてありましたが、あれは僕と美晴ちゃんですぜ。13才ぐらいに見えたってのは言い過ぎじゃない?

 さて、今回は子供の頃のお話を、という注文でしたね。ウーン、子供の頃ねェ………。
 生まれたばかりの飴屋クンは神奈川県の小田原という所に来ました。小田原は海からすぐ山になっていて、酒匂川という大きな川もある。そこで野生児のように遊んでましたね。そうでない時には部屋で絵本を読んでました。あんまり近所の子と野球とかはしませんでしたね。だいたい昔からチビだったせいで、近所の子には、「人間の上下関係は身長で決まる。」とか言われて、年下の子にもコキ使われたりしてイヤでした。それで1人で虫を取ったり、川で泳いだり、ガケ登りをしたり、防空ゴウを探検したり……とまあ、そんなとこですね。防空ゴウの奥に犬の白骨を見つけた時は、学校の先生の教卓の引き出しの中に入れちゃって、オコられたなあ。ブルブル。
 おこられたといえば、僕の月並な初恋は学校の女教師でしたが、ある日その方が、美術室で牛の頭ガイ骨のデッサンをしてたのね。よく絵を書く人ってそういうことするでしょ。で、性欲だけは異常に発達していたマセガキの飴屋小僧は、お姫様に気に入られてキッスの1つもいただこうと、ト殺場に行って死にたての牛の頭をビニールにくるんでもらって来てプレゼントしたわけ。いやあ、その時もおこられたなあ。おこられたというよりキラわれたのかな。以来、女教師と名のつくものを見るたび、股間に鉄のペニスをつっこんで犯してるのさ〜。
 虫以外で好きだったのは両棲ハ中類。つまりカエルとかヘビのたぐいです。すごく好きだったんだけど、こいつらはイジめたね。ヘビは見つけるたびにたたき殺したし、カエルは皮をはいだり、熱湯の中を泳がしたり。カメはあの甲らが、なんかズルイ感じがして、シンナーを甲らにぬって火をつけて歩かせてやった。熱がって甲らから出てくりゃよかったのにな。あと、金魚バチに金魚ちゃんを入れたまま100Vの電流流して水の電気分解やったりもしたなあ。
 そうやってイジメてばかりいたのに、小学校の卒業アルバムには、「将来、僕は有能な生物学者になるであろう。」なんてヌケヌケと書いてある。でも本当になりたかったんだもん。それがどうして今、お芝居なんかしてるのか? それは僕にもわかりません。ブンブン。以上、なつかしくもなんともない、子供の頃のお話でした。

      



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 わたくしごと 東京グランギニョル主宰 飴屋法水
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      1986                    
 突然だが、ネコが死んだ。4月まで飼っていて、今の笹塚の部屋に引っ越す際、ペットは
飼えないと言われて、東京GGの作家であるタガネ君に飼ってもらうことにしたネコだ。
 死というものは不思議なものだった。もちろん死と言っても、この場合、残された者にとっての死だ。どこかの詩人が言った通り、「死ぬのはいつも他人ばかり…」なのだ。
 目の前で、動かずにいるということと、息もせず、体温もなく、しかし、体はついさっきまでの重さを持って、そこにあるのだ。「ああ…これが死ぬということなのかなあ‥」とボンヤリと思った。とてもつかみどころのないものであった。胸に抱いていると、ただ眠っているだけのように思える。しかし腕の中で、体は確実に腐り始め、虫がわき始めてくる。
 「お線香にこんなに強い香りがあるのは、腐臭をかくすためだったんだなあ…」
などと悲しい発見もした。
 気温が高く、仕方がないのでドライアイスをいっぱい買って来て箱につめたが、今度は体がカチンカチンになってしまいよけいに悲しくなってしまった。そういえば、映画「禁じられた遊び」の中で少女が抱いていた子犬の死体も、やはり足がまっすぐのびたままコチコチになっていたのを思い出す。あの映画のあの場面は恐ろしい。少女が死んだ動物たちのために、人間の墓をあらして十字架をかき集めてお墓をつくる。あの映画がもともと持っているのかもしれない「反戦」などというヒューマニズムをはるかに超えて、わがままな欲望が腐臭をあげ、めまいをおこさせる。
 ………しかし現実のネコの死は、ボクにとって悲しいだけで、客観視するだけのよゆうもなく、ボクのエネルギーを消耗させた。何かが死んで、何故人が悲しむのかわからないが、泣いたり、死んだもののことを思ったり、おそうしきを出したり、そうやってエネルギーを使いはたすことで、この世から無くなってしまったものとのバランスをとっているのだろうか……。
 結局いつまでも抱いていても仕方ないし、芝居のケイコもストップしてしまったので、3日目にタガネ君とお寺に行き焼いてもらって来た。今では骨つぼの中でカラカラ音をたてる、まっ白な骨になってしまった。骨になったら、思っていたよりずっと小さくて軽かった。
 最近アカデミックな科学のクローズアップがなされ、そのことが、いきづまった芸術を活性化させる力となったりしているようだ。たしかに科学を知ることで、ボクらの頭の中から、単純な有機物と無機物の二元論の垣根は取り払われたように思えた。しかし、生きていたものが死ぬということ、動いていたものが動かなくなるということ、人間はやはりこんなに単純で大ざっぱな二元論の前で、いつまでも右往左往しつづけるのだろう。

                                   

          

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  エッセイ超レトロ? 飴屋法水 AMEYA NORIMIZU
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      1987                     
 
昨日はほとんど『バリカーデ』に費やしてしまいました。今年はどうなるのでしょう?……まあ……何とかなるでしょう……こればっかりの人生ですね。

 嶋田久作氏は、皆様ごぞんじのような活躍ぶりで、プロモーションに追われる日々のようです。斉藤そうすけ君も、今年は映画に出演、6月頃には公開の模様で (タイトル忘れた) 
それも楽しみです。

さて、嶋田氏の顔がプリントされた「公開記念ティッシュ」も出まわっているという(これは笑った)『帝都物語』ですが、おそらくこの号が出る頃にはそろそろ公開が始まるでしょう。
 嶋田氏のファンには楽しいと思いますし、ヤクザの情婦がどうしたの、不良の青春はどうの、動物がどうしたのというグチャグチャした映画ばっかりの日本映画の中での、志(こころざし)は評価できると思います。アニメ以外でああいうものは、なかなかできませんでしたからね。あ、それから、レトロファン、特に大正レトロな方にはたまらない美術セットなんじゃないでしょうか。

しかし、私のレトロ感覚は、もっとはるかかなたの地球の始まりの頃へと行ってしまってまして……マグマが冷えかたまり、海ができ、細胞がざわめき、やがて太古の生物が誕生した頃の地球……しいて、ふりかえる価値のあるものは、人間の造りあげた文化の中により、その頃にあるような気がしてなりません。
 これはもう、超レトロというか……はたしてそれがノスタルジーなのかどうかさえ、自分にはよくわかりません。
 ただ、別に文明批判してるわけではございません。文明はみにくい、自然にかえれ!なんて言う気もございません。文明はみにくい、だからどうした?

 昨年、ずいぶん話題になった『危険な話』のチェルノブイリ批判の方法論は、はっきり言って大嫌いです。中途ハンパな人間中心主義には鳥ハダが立ちます。
 人間は原始時代にかえるのか? それはできない。できない以上、あらゆる危険とキョウフを引き受けて、とことんテクノロジーをおしすすめ、いくとこまでいくしかないでしょう。
 そのとき、「そんなことしてたら、我々は死ぬんですよ!」とヒステリックにまくしたてられたら、「そりゃ、そうだろ!」としか……やっぱり答えようがないですねぇ。

昨日、シド・ミードの手がけた近未来ディスコ、トゥーリアの照明が落ちて人が死に、TVでガヤガヤ言ってます。そういえば、日航機が墜落して、少女1人が生き残った時、僕らは『ライチ光クラブ』を創りました。今年は……何をするんでしょう?

テクノロジーによって生まれたTVゲームで、アルカイックな原始イメージをもてあそぶ、僕をふくめたガキども。
 ああ……グロですねェ。
         



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“バリカーデ”直前‼︎   飴屋法水  常川君と今泉君と浜里君と田口君と
            元・東京グランギニョル主宰   土方君と斎藤君と石川君と伊藤君
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      1987                      

 いよいよ公演がおしせまってしまった。実は、現在、初日の3日前の夜中である。正直いって眠い。疲れた。多少の文章の乱れは、カンベンしていただきたい。
 さて、役者紹介も、今回で最後。で、まず、常川君から、始めたい。
 常川君は、“ライチ”のあのゼラ役であり、今回の“バリカーデ”でも重要な役回りを演じていただいている。それはまあ、見てのお楽しみとして、いや、実に彼には世話になっているのだ。僕や三上は、もともと、いーかげんな人なので、実は、こんなに多数の人々をまとめて引っぱっていくよーな性格ではないのだが、その辺の弱点を、彼は、黙って、気もちよくフォローしてくれる。僕らのやることを、いつも、おもしろいといってくれて、気が向けば付き合ってくれるのである。そして、芝居が終れば、「じゃあね」といって、彼は自分でパフォーマンスしたりするのである。今回の芝居も彼なしではできなかったところが多い。
 しかし、彼とも、もう5年くらいのつきあいになるけど、いやあ、最近は、お互い心が広くなったもんだと、私は、疲れているせいで、何をいっているのだろう。
 それ以外に今回の “バリカーデ” に出演してくれているのは、知る人ぞ知る戸川一平こと今泉浩一くん
 かれは……とにかく……ヘンの一言。“ワルプル“のあの中国人の助手をやってた人と言えば、どんなにヘンか、お分かりいただけるでしょう。
 でも、素顔は、ナイーブでキチョウメンで頭のいい子、なんだぜ。
 古くからのつきあいの浜里くん
 彼は、まだ高校生の頃。“マーキュロ”のお客さんんとして知り合って、“ライチ”のリンチされる少年でデビューした。いつも、大人ぶって、「ナールホドネェ……」などと言ってるが、そのくせ、まじめにがんばってくれちゃう、イイコデス。
 それから田口君
彼は“ワルプル”からのつきあい。役者としてもいい味出てるし、衣装は、すべて、彼のデザインによるのだ‼︎
 それから土方くん
 彼は“ライチ”の時には、舞台の回転板の下にもぐって、嶋田君と美晴さんをぐるぐるまわしていたのだが、“バリカーデ”では、メキメキと頭角を現わし始めている。
 それから斉藤君
 彼は今回からのつきあいなのだが、一目で気に入って大抜擢してしまった。僕と同い年でイイヤツだが、すぐ腕の血管を浮きあがらせて「スキャナーズ」ごっこするのはやめてほしい。
 それから石川健くん
 彼はバンドのボーカルで、まだすごく若いインディーズ野郎(ボーイ)だが、日本的な目つきに、なかなかのものがある。
 そして最後が、新人の伊藤雄春君
 彼は、はっきり言って伊藤麻衣子である。

さて、今回は大勢で散漫な紹介になってしまったが、もし、この文章をよんでから、お芝居を見ていただけると、よりおもしろ味もますでしょう……。
 芝居のほうは、とにかく、ケイコ大詰め。
 毎度のことで、フタを開けてみなくちゃわからない。
 今回は、すごく地味にかたくせまってみたのだが、どうなりますやら……。
 うまくいくと、イイナァ~~~~~!




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 もっと良く、ギーガーを視るべきだ。全体を、細部を、くり返し。
           元・東京グランギニョル主宰 飴屋法水 
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       198?       

 ギーガーが来日した。いよいよだなという感じである。数年前、友人との間でまわしよみしていた『ネクロノミコン』も、日本版となって店頭につまれ、売れまくっているようだ。こういう成り行きを「何かさびしい」と言う気はぜんぜんんない。あのようにスバラシイものは、多くの人に視られるべきだ。
 世の中には、マイナー志向とでも呼ぶべき人がいぜん多くいて、愛すべき対象を理解できるのは「わたしだけ」と思いこみたいらしく、それが売れちゃって、みんなに愛されたりすると、急に熱が冷めたりするらしい。そういう人の口ぐせ「ギーガーも一般的になったなあ」「けっきょくギーガーもとり込まれちゃったのよね。」あげくのはてに、「いまさらギーガーでもないでしょ」このようなファンの心情というものはよくわかるけど、そんな同好会のような心情はすてた方がいい。「わたしだけのギーガー」が、せっかくのギーガーを、「マイナーであることによって、力を持つ」だけのものにおとしめてしまう。
 いまさらギーガーでもないでしょ……と片づける前に、もっとよく、ギーガーを視るべきだ。全体を、細部を、くり返し。
 どんなに売れようが、それが、かんたんに「愛せる」「理解できる」シロモノではないことに気づくだろう。
 このようにしてより多くの人が、ギーガーのまえで立ちあぐねてしまうことを期待する。
「わたしだけのギーガー」は、そこから先に勝手に発生していくものだ。
 ボクは現在、三上晴子と共に廃工場を1つ借り入れ、そこに毎日こもって、金属をたたいたり、まげたり、溶接したりしている。ギニョルの頃から抱えこんでいる「金属」をモチーフとすると、このようにして金属と向い合う時間が、どうしても必要となってくる。「ボクだけのギーガー」なんてものがあるとすれば、それは、このような作業の中で、初めて顔をのぞかせる。
 それらは、秋頃、演劇という形で、みなさまの前に現れるかもしれないし、誰にも見せずにコワしてしまうかもしれない。 
 いずれにせよ「デッドテックはもう古い」とか、「あ、廃墟感覚ね。わかった、わかった」という発言の目立つ今日この頃、ロクに向き合いもしないで、次から次へ乗りかえていく世間のやり方に賛同しかねる僕は、これから半年間、この工場にこもるつもりでいる。
 話はかわるが、昨年の5月頃から、事務所のイタズラ電話が絶えない。おかげで電話が大嫌いになってしまった。
 その上、最初それが、ギニョルの客 (あるいはもと客) からのものだとわかってショックである。
 出てみるといつも無言で、男か女かわからないのだが、最近ちらっと『マーキュロ』の中で使った「ノスフェラトゥ」の音楽が流れたようなのだ。ヒドイ時は、1日に何十回もあり、深夜まで続く。
 こういうことに慣れてしまいたくないし、有名税などと割り切る神経ももち合わせていない。
 ギニョルを創ったことの結果が、こんな風な形で現れてくると、もう、人になんか観せるのはイヤになってくる。本当にやめてほしい。
 そんなわけで、最近は、ベルがなってもほとんど電話に出ない。
 何かの問い合わせで電話をくれても、通じないと思うのですが、カンベンして下さい。

 
    


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         持続というのは 僕にとっては
      嘘であり なのです 飴屋法水
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         1988                      
 突然ですが、東京グランギニョルは解散しました。驚かれた方も多いでしょうが、僕はあまり驚いていません。最初から、「この集団は長くは続かないかな」いや、「続けることは考えないで始めてみようかな」と思っていたからです。もっと言ってしまえば、持続というのは僕にとっては嘘であり、悪なのです。
 もちろん、もともと飽きっぽい性格で、物事を持続することに向いていないのかもしれませんし、集団の主宰者としての才能が欠けているとも言えるでしょう。しかし、それ以上に、集団が純粋なかたちで持続するなんてことは不可能なのです。企業のように金銭的な利益で強力に結びついている場合や、ナチスのようなファシズムでなら別ですが………。
 ですから、はっきり言って世の中の10年以上も続いているバンドとか劇団は、金のつながりかファシズムと思っていいでしょう。つまり劇団を例にとってみれば、たいていメンバーチェンジをくり返しているにもかかわらず、主宰者がいる限り続いていきます。
 だからどこのポスターを見たって、作・演出というふうにして主宰者の名前ばかりがでかでかと掲げられているというわけです。そして、そいつだけが文化人になって何とか食べていき、役者はTVに出かせぎするか、アルバイト……というのが現状です。スタッフにいたっては、もう、どんどん入れかわっていく若い連中をこき使うか、外部のひとに金を払って頼むか……という有様です。逆に言えば、こんな現状だからこそ、評論家の劇評も、主宰者ばかりに集中するのかもしれません。
 こんなところに、真の共同作業が成立するわけはありません。もちろん、例外的にこれをまぬがれている、劇団員がたった7人しかいない「青い鳥」とか、作家も演出家も不在で4、5年に1本しか芝居をつくらない「第7病棟」なんて人々もいることは、います。
 グランギニョルも様々なくふうをしてきました。つまり、日頃様々な活動をしている人たちが、それぞれの個性を持ちより、台本も、演出も、音響も、舞台美術も、衣装も、照明も、全てが、等価でぶつかり合うような場になれば……と思ったわけです。気がついた人もいるでしょうが、「ライチ」の再演以来、ポスターから飴屋の名前をはずしたのも、そのへんを考えてのことなのです。
 しかし、芝居を1本つくるのにはあまりにも金と時間がかかりすぎ、逆に、あまりにも、見る人の人数が限られ、金にならないのです。そのために、あらゆるバランスがくずれてしまいました。そこで、とりあえず今の集団はつぶしてしまおうと思ったわけです。
 今年からは、また別のかたちで新しい集団をつくり、活動を始めようと思っています。
おそらく、芝居をつくるペースは、前より、ゆっくりになるでしょう。芝居以外の活動にも、より理想に近い共同作業ができる集団でありたいと思っています。
 もちろん、口で言うほどキレイにいかないということは、イヤというほどわかっていますけど……。まあ、これからもがんばりますので応援してくださいませ。このエッセイを続けるかどうかは、まあ、編集者の佐川さんと相談してみます。じゃあね。







        Thank you visit Tokyo GG !













2024/03/18

マーキュロ 全台本🩸東京グランギニョル 第1回公演


   🩸マーキュロ全台本🩸   
   Mercuro All Scenario             
   


  作/K・TAGANE     演出/飴屋法水

CAST
教師/嶋田久作       
三上/ Y                         
チンカジョン/飴屋法水
丸尾/丸尾末広       
生徒1/矢車剣之介   
生徒2/小川伸郎
生徒3/武井龍秀 (初・武者小路実政)                              
生徒4/テクマクマヤコ
生徒5/酒井泰樹 (初・和田英亮)                                     
生徒6/行谷あたる
姉 / ももやまてふ (初・大野さゆり)



1幕 ”教室“

場所は”アートシアター新宿“ である。 舞台と客は幕で仕切られ、セットは全く見えない。
これから始まる芝居を暗示するような音楽はなく、客席は、明るすぎる程明るい。
つまり、ムードがない。客席は、適当にざわついているだろう。
突然、パシッ!という音楽と同時に、完全暗転する。

(一場)

暗転の中、床をふむ6個の靴音がする。幕がとりはらわれて、次第に照明が入る。床をふむ、足が見える。 彼らの着ている学生服が見える。顔は、見えない。帽子を目深に被っている。イスに座っている。リズムに合わせ、正確に床を踏んでいる。彼らの後ろに、大きな黒板が見える。ここは教室だ。黒板に、1人の教師が、文字を書いている。黒板の左に、窓が1つ見える。外は、見えない。黒板の右に、ドアが1つ見える。閉まっている。やがて、靴音と音楽ピタッと止まり、1人の生徒が、立ち上がる。

    

生徒1   先生!(他の生徒、彼の方を一勢に振り向く)
教師    (気がなさそうに)...何だね。
生徒1   あの、…その証明文は適切でないように思われます。(座る)

教師、手を止め静止する。 後姿に緊張感。ややあって、丁寧に、黒板の文字を消しにかかる。消し終わると、また、書き出す。

生徒2   先生!(立ち上がる。皆振り向く)
教師    (書き続きながら)何だね。
生徒2   あの。 …今朝、犯された猫の死骸を見かけました。(座る)
教師    そりゃ、昨夜、交通事故に遭ったんだろう。
生徒3   先生!(立つ。皆、振り向く)
教師    何だね。
生徒3   あの、…この頃、毎晩、股間がムズムズして眠れないんです。(座る)
教師    そりゃあ、気候のせいだろう。
生徒4   先生!(立つ。皆振り向く)
教師    何だね。
生徒4   あの。……僕、声変わりがまだなんです。(座る)
教師    そのうち変わるよ。
生徒2   先生!(立つ。皆、振り向く)
教師    何だね。
生徒2   あの。僕、3日前にも庭で、犯された猫を見ました。(座る)
教師    (咳払いする)
生徒5   先生!(立つ。皆、振り向く)
教師    何だね。
生徒5   あの! …裏山が燃えてます!(座る)
教師    気のせいだろう。
生徒3   先生!(立つ。皆、振り向く)
教師    何だね。
生徒4   あの、……僕は、昨夜、口に出来ない程恥ずかしい夢を見ました。(座る)
教師    夜ふかしするからだ。
生徒1   先生! (立つ。皆、振り向く)
教師    (イライラして来て) 何だね。
生徒1   あの、…僕、まだ、転入してきたばかりなんです。(座る)
教師    そうだね。
生徒6   先生! (立つ。皆、振り向く)
教師    (ウンザリしている)………。
生徒6   先生! (立つ。皆、振り向く)
教師    何だね。
生徒6   あの、…あの女を、何とかして下さい!先生! (座る)
生徒4   先生! (立つ。皆、振り向く)
教師    何だね。
生徒4   あの、…は、はっきり言って、無毛症なんでしょうか。(座る)
生徒3   先生! (立つ。皆、振り向く) 
教師    何だね。
生徒3   あの、…どうしたら、あんな夢を見なくなるんでしょうか!(座る)
教師    (答えず、イライラと、黒板に文字を書きなぐっている)
生徒6   先生! (立つ。皆、正面を向く)
生徒6   あの、どうしたらいいんでしょう。(立ったまま)
生徒4   先生! (立つ)
生徒6   あの。
生徒1   どうしたらいいかわからないんです、先生! (立ったまま)
生徒5   先生! (立つ)
生徒1   あの。
生徒5   早く、早く、火を消して下さい!(立ったまま)
生徒2   先生! (立つ)
生徒5   あの。
生徒2   僕は、どうしたらいいんでしょう!(立ったまま)
生徒3   先生! (立つ)
生徒2   あの。
生徒3   何とかして下さい先生!(立ったまま)
生徒6   先生!!
生徒3   あの。
生徒6   僕はどうしたらいいんでしょう!

      先生!
      あの
以下、   僕はどうしたらー。
勝手に   先生!
混じり   あの。
合う    僕はあの
      先生!
      気分が
      先生! あの
      き、気分が
      先生! 気分が、あの
      き、気分が
      先生! 気分が
      気分が……先生! 気分が
全員    (バラバラに重なりながら) 気分が悪いんです!!

       


皆、一様に吐き気を催している。教師、硬直して、ゆっくりと振り向く。ポケットから
ハンカチを取り出すと、か細い声で呟く。

教師    ……保健室に行きなさい。

と、言い終るやいなや神経質そうに、ハンカチを口に当てる。黒板のチョークが、
バシッとはじけて、宙に舞う。音楽。生徒達、保健室めざして一勢に走り去る。
照明、教師を残して落ちる。
窓の向こうを、直径3メートル程の月が、ゆっくりと上って行く。
クレーターまで、はっきりと見える。1人残った教師、薄暗い中で、黒板に文字を書き出す。静かな中、そのチョークの音だけが、カチカチとやけに大きく耳に響く。びっしりと書かれた、文字のら列。よく見ると、それは、非常に猥雑な文章である。
どうやら保健の授業らしい。教師、ふくみ笑いをしながら、書き続ける。
突然、ドアを激しく叩く音。 バタン!と、ドアが開く。激しい風の音。
ドアの向こうは、まっ暗。 一瞬、光がよぎる。 その光で、立っている1人の少年と、
反対の窓の外でパラソルをさして立っている、1人の女の姿が浮かぶ。激しい風。
但し、これはほんの一瞬である。少年、入ってくると、ドアをバタン!と閉める。
風の音、止む。少年、いきなり、にこやかに話し出す。     

少年    今晩は、僕、転入生の三上です。遅くなってすみません。たった今、汽車で着き
      ました。夜のプラットホームは、風が強くて危うく、足をとられそうになりまし
      たが、見上げた時、月が見えました。この街の月は大きいですねェ! 
      僕、いっぺんで気に入りました。
教師    え?
三上    …何か?
教師    今、君、月が大きいと言ったね。
三上    はい。
教師    …君の前に住んでいた街よりも、この街の月の方が大きいのかい?
三上    ええ!
教師    …。(三上がとても明るく、はきはきしているのを、不思議に思う)
三上    ……。
教師    君…何処から来たの?
三上    月の、小さく見える街から。
教師    そこ、何処?
三上    僕のふるさとです。
教師    だから、何処なの。
三上    何処って…失くし物をした街であります。
教師    失くし物?
三上    はい。僕、それを捜して、この街に来ました。
教師    それは、何かね?
三上    僕の姉です。–––––––転校に転校を重ね、姉の行方をたどりながら、やっとこの
      街に着きました。何故って、月が大きいから!月の大きく見える街には決まって
      失くした物が集まるんです。
教師    失くしたって…君の姉さん、いったいどうしたのかね?
三上    …着いたばかりで、そんな事お話ししていいんですか?
教師    ああ、話してごらん。
三上    ありがとうございます。

と、帽子を取って、ペコリとおじぎする。音楽。三上、表情変わる。

三上    ちょうど3年前の、月の眩しい晩でした。いつものように、姉と2人で窓辺で本
      を読んでましたが、姉の様子が変なんです。姉はいつも、2時間かっきり…ちょ
      うど100ページ程読みふけると、しおりをはさんで、パタリと本を閉じるんで 
      す。そして、目を休めるために、5分ほど窓の外を眺めると、決まってお茶を入
      れてくれました。……ですが、その日に限って姉さんは、3分と読み続ける事が
      出来ずに、永い事、窓の外ばかり見てました。ぼくは、不思議に思いましたが、
      その時は…月のせいだとばかり思ってたんです。

三上、帽子を被る。音楽止む。三上、そのまま動かない。

教師    ……それで?
三上    もっとお話ししても、いいんですか。
教師    だって、それじゃ分からんだろう。
三上    ありがとうございます。

と、帽子を取る。音楽。

三上    その晩の月は満月で、驚ろく程大きく、金ボタンのようにキラキラ光っていたん
      です。あんな大きく眩しい月は、あれ以来…そう、今日、この街に来るまで、1
      度も見た事はありません。……だからその時も、あまり月がきれいなので、姉さ
      んも読書に身が入らないんだろうぐらいに思って、自分の本に読み耽っていまし
      た。…しばらくして、ガタンという音で目を上げると、「ちょっと散歩に行って
      来る。」…と言い残して姉さんが庭の方へ出て行きます!

三上、帽子を被る。音楽止む。

教師    …それで?
三上    (にっこり笑って) これで話はおしまいです。
教師    じゃあ…
三上    はい。それっきり、姉は戻りませんでした。
教師    ふーむ。……いわゆる…蒸発というやつか。
三上    そうではありません。
教師    え?
三上    (急に怒って) そうではありません!!

三上、帽子をかなぐり捨てる。音楽。

三上    違います。 姉は、誰かにおびき出されたんです!
教師    証拠は?
三上    ありません。でも、僕は確信しているんです。あの晩、姉は誰かにおびき出され
      たんだと。
教師    何故だね。
三上    (不自然に驚いて) な!! 何故って、あんなに眩しい満月をどうしてあれほど長
      いこと見ていられます⁉︎ …迂闊でした。……月で眩惑したんですよ。まわりの
      者を。あれは月を見てたんじゃない。あれは、庭の繁みで、誰かが合図を送って
      たんですよ! そうです!姉さんは、月を見てたんじゃない!!

教師、三上の帽子を拾い、頭にのせてやる。音楽、止む。

      

教師    落ち着きなさい。……さあ、とにかく、あそこの窓際の席に(三上、席に向か
      う)……それで、君が姉さんの行方を捜しているのは、よく分かった。私も、ま
      あ、早く見つかるように祈っていましょう。
三上    (席について) ありがとうございます。……僕、ずい分といろんな学校を回って来
      たけど、先生みたいに話の分かる人、初めてですよ。僕、先生の事、とても気に
      入りました。
教師    そうかね。
三上    この街も気に入りましたし…なんか、きっと、すぐに姉さんが見つかるような気
      がして来ました。
教師    ああ、そうなるといいねェ……でも、君はどうして、この街に姉さんがいると確
      信するのかね?
三上    さっきも言ったでしょう。月ですよ、つ・き・!
教師    それだけかね。
三上    ええ。
教師    ……そうか。…三上君と言ったね。…気の毒だが、もしかするとこの街では、見
      つからんかもしれないよ。
三上    何故です、何故、急にそんなこと言うんです。
教師    ……月だよ、つ・き・!
三上    ……?
教師    三上君。月は何処から見ても、同じ大きささ。

三上、驚いて立ち上がる。突然、ガヤガヤと、保健室から生徒達戻って来る。手当を受けたのか、それぞれ、マスクや眼帯、包帯などをつけている。全員、席に着く。

教師    よろしい。……さて、それでは、えー6時間目ですね。6時間目の、保健の授業
      に入ります。今日は…教科書…365ページを開いて。……いいですか?……えー
      今日は、性病について、中でも1番恐ろしいとされている、梅毒、これについ
      て、学びます。
生徒2   先生。
教師    はい。
生徒2   梅毒は、先週の授業で、もうやりました。
教師    (不機嫌そうに) ……たったの1回では、覚えられんだろう……え? 君は、全て
      覚えられたのかね? え?
生徒2   い、いえ…。
教師    では、前に出て。
生徒2   ……。
教師    前に出て! (生徒2、おずおずと前に出る) さあ、この人体図に、梅毒の侵す部
      分を印してみたまえ。
生徒2   はい…。(人体図の各部分に、考えながら印をつけていく)
教師    よろしい。(棒で図を指し示しながら) この通り、梅毒に侵される部分を図にしよ
      うとすると、こうなってしまう。眼、耳、鼻、口、脳、さらに、心臓、肺臓、脾
      臓、肝臓、腎臓、脊髄、性器、さらには、関節、筋肉、骨、皮膚、リンパ腺、血
      管と、全身のあらゆる所を侵しながら、梅毒は進行します。……(生徒2を見る)
      …こんな危険な病気を、たった1回学んだだけで止められるものかね?
生徒2   は、はい。すみません。
教師    では、病原体を言ってみなさい。
生徒2   はい。ト、トレポネーム・バリウム––––。
教師    ほら見なさい! 違う! トリポネーマ・バリヅム!
生徒2   ト、トレポネーマ・バリヅムという螺旋状の微生物で、患者の皮膚、粘膜のでき
      物の中にたくさんいます。
教師    よろしい。じゃあ座りなさい。……さて、それでは、366ページ、伝染様式のと
      ころを、全員で読んでみましょう。……はいっ!
全員    後天性梅毒の移り方。〔第一直接接触伝染〕これは、患者と肉体的に、直接接触
      した場合で、主として、性交接吻等の性行為、あるいは、血液の輸血、また、授
      乳の際、梅毒の母親から乳児の口腔へ、また逆に、梅毒の子供から母親の乳房に
      移る。さらに、医師、看護婦、助産婦等が、患者の手当をしている間に、手指を
      通して移る場合もある。
教師    よろしい。……梅毒は、非常に伝染力の強い病気です。病原菌トレポネーマは
      街にうようよあふれていると考えてよい。したがって、君たちも充分に注意を払
      うように。えー…つまり、決して性行為などに走らんこと。…性交は、失敗のも
      とであります。

退屈そうにボーッとしていた三上、急に大声で笑う。教師、カンに触って咳払いする。三上、カバンから望遠鏡をとり出して聞いていられないというふうな面持ちで、窓の外を眺め出す。

教師    …性交だけに限らず、君たちの年頃では、自慰のような行為にうつつを抜かす者
      があるようだが、これも、非常に罪悪な行為でありますから、絶対にやめるよう
      に。  

生徒達、騒めき出す。

生徒4   先生。(恐る恐る)
教師    はい。
生徒4   でも……あの、ここ、えーと、320ページ、自慰、自瀆の項目に、えー、「自
      慰・自瀆は、かつては、体に害があるとする説もあったが、現在では、害は全く
      認められず、かえって、害があるのではと悩む事が、精神上よくない結果をもた
      らす。」……と、書いてありますけど……
教師    ……文部省もね…間違うんだよ。
生徒4   …。(座る)
教師    いいか、旧約聖書を繙いてみたまえ。オナニズムの語源は「創世紀」に記されて
      いるユダの息子、オナンに由来している。オナンは、むだに精液を体外に漏らし
      たというだけで、エホバの怒りを買い、処刑された! さらに「レビ記」に至っ
      てもこう記されている。……「人がもし精を漏らすようなことがあったら、その
      全身を水にすすがなければならない。彼は夕刻まで汚れるであろう。すべて精の
      ついた衣服および皮で作ったものは、水で洗わなければならない。これは夕刻ま
      で汚れるであろう。」
全員    ……。
教師    …このように強く書かれてある。ゆえに我が校では、例外なく、全ての性的行為
      を禁じます。いいですね。

生徒達、額の汗を、ハンカチで拭う。

教師    さて、続いて、病原体が伝染されるとどうなるか。経過と症状。ここを読んでみ
      ましょう。はいっ!
全員    患者と、直接、あるいは間接に接触すると、病原体が、皮膚または粘膜の、極く
      小さな傷、例えば毛切れ等から侵入し、そこで増殖し、接触した時から約3週間
      の潜伏期をおいて、侵入した箇所に、通常1個の小さなでき物ができる。次いで
      これが潰れて、潰瘍になる。この潰瘍のまわりはやや硬いので、硬性下疳とい
      い、かゆくも痛くもなく、潰瘍自体は1ヶ月も経つと自然に治る。
教師    はい。えー、この時期、この時期が1番性質が悪い。この時期は、まだ患者が感
      染に気づきにくく、平気で街を歩き回る。それでいて、この時期が、最も伝染力
      が強い。したがって、盛り場など、環境の悪い場所には、一切出入りしないよう
      に。……次いで第2期梅毒の経過と症状を続けて、はいっ。
全員    第一期梅毒の時に、治療しないで放置しておくと、トレポネーマは血液の中に
      入って、全身隈なく拡がってしまう。すると、発熱、頭痛、食欲不振、全身倦怠
      感が起こり、同時に、胸部、腹部、背部等に、大豆位の大きさの、円形の紅い発
      疹が出てくる。次いで、皮膚表面から盛り上がった丸い銅紅色のでき物が、陰
      部、肛門の周囲等、湿気が多く摩擦されやすい所に出来ると、(この頃より、生
      徒3のみ読み方が皆より遅れ始める)そこに、扁平コンヂロームといって、表面
      のじくじくした、薄紅色、相当に大きな爛れが出来る。この爛れが喉頭部にでき
      ると、声が枯れる。また、さらに進むと皮膚にも、円形の白い斑紋ができたり、
      頭髪がまばらに脱けたりする。さらに……。
教師    ちょっと待って!

全員、止める。生徒3のみ教師の声に気づかない。

生徒3   ……ができたり、と、頭髪がまばらに脱け…たり…さらに…全身をぞろぞろと…
      ぞろ…ぞろ…ぞろ…
教師    どうしたんだね!
生徒3   …せ、先生。
教師    ん?
生徒3   …こんな病気は、あるはずありません。
教師    何?
生徒3   こんな病気はでっちあげです。だって僕はこんな症状の人、見たこともないで
      す。
教師    (笑いながら) それは君が知らんだけだろう。医学が進んで、一般に、手遅れの患
      者は少なくなってはいるが、性病科はいつも患者で一杯さ。…君だってね、いつ
      何時、そういう目に合うか分からんよ。
生徒3   僕は、そんな病気にはかかりません!…僕は、何ていうか、て、抵抗力が強いか
      ら…ほら、林間学校の時だって僕だけ生水にあたらなかったでしょ?…そう風疹
      にだってかかったことはないし…いつも清潔にしてますから…僕の家族だってそ
      うです。皆、極めて健康ですし…家で飼ってた動物でも、病気になったものなど
      1匹もいませんし…
教師    ほう…でも、本当にそうかね?君が気がつかないだけで、たとえば飼っていた犬
      が、フィラリアだったりしたんじゃないかね。
生徒3   いえ。そんなことはないです。病気なんかには1匹も…あ…(口ごもる)
教師    あ…何だね?
生徒3   いえ…すいません。そういえば、1度だけ……。
教師    だろう?で、何だい、それは。
生徒3   はい。小学生の頃飼っていたカマキリです。
教師    カマキリ?
生徒3   はい。あの、学校の裏の野原で捕まえて、大事に育てていたんです。それなの
      に、ある朝見ると、最初2匹いたのが1匹なんです。それから、残った1匹が病
      気になって……
教師    ああ、それは不思議がることはないよ。それはね、逃げたんじゃなくて、1匹
      が、もう1匹を食べたんだよ。
生徒3   えっ?
教師    いや、だからね、メスがね、オスの方をね、食べたんだよ。
生徒3   た、…食べた⁉︎
教師    そう、食べたの。
生徒3   何故⁈
教師    何故って…メスが、栄養をつけるためさ。
生徒3   だって、あの2匹は、とても仲が良かったんですよ!
教師    うん、だけど産卵期が近づいたんで、メスは栄養をつけなくてはならないので、
      食べたんだよ。
生徒3   違います!産卵なんて関係ないですよ!あんなに仲が良かったのに1匹だけどこ
      かに行ってしまったんで、きっと、弱ってしまったんですよ。それで病気になっ
      て…お腹がふくれて、しばらくすると、オシリから、変な泡のようなものを出し
      始めました。その泡の中に、寄生虫の様な粒々が……
教師    あ…あのね、それが卵なんだよ。
生徒3   ええ。寄生虫の卵だったかもしれません。
教師    いや、そうじゃなくて、それが、オスを養分にして生んだ卵なんだよ。
生徒3   (教師の言葉、耳に入らず)……僕は、あっ、これはいけない、悪い病気にかかっ
      たなと、ピンセットと針を使って、その卵を、こんなふうに、プチッと、(と卵
      をつぶす手つき)……そう、こんなふうにプチッと、……この寄生虫め、弱みに
      つけこんでと…プチッ、と…
教師    ……(咳払いする)
生徒3   …僕の、かわいいカマキリに、プチッ…病気が…プチッ…病気が移っては…たい
      へんと…プチッ…この…プチッ…
教師    (イライラと) 保健係!
生徒6   はいっ。
教師    もう一度保健室へ!

生徒6、生徒3を連れ去る

教師    えー、つまらぬ事で時間をつぶしてしまいましたが、梅毒というのは、ハシカ
      や、腸チフスのように、免疫のできるものではありません。何度でも、何度で
      も、かかります。その恐ろしさを、頭にたたき込んでおくように!この続きは、
      また来週やります。今日は、これで終わりにします!
生徒2   起立! (全員立つ)   礼!

チャイムが鳴る。教師、足早に去る。暗転。

(第2場)
  

チャイム続いている。明るくなる。放課後のようだ。保健室に行った生徒を除いた5人の生徒
思い思いに、机に足を投げ出したりしながら、マンガ本や、映画雑誌などをめくっている。

生徒6   いい。見た? 次いくぞ。
生徒4   ちょっと待ってよ。もうちょっとだよ。
生徒6   もう……お前、ほんとに読むの遅いんだもんな……
生徒4   すぐだよ、もうちょっとだから。
生徒6   もう………じゃあ僕が先に見るからさ、そしたらすぐお前にまわすよ。
生徒4   えー、いいじゃないかよ。
生徒6   だいたい僕、一緒に見るのダメなんだよ……気が散るんだもん……
生徒4   分かったよ。もう少し速く見るからさ……でも、この写真見ろよ。やっぱりきれ
      いだよな。……最高だよ。
生徒6   え?
生徒4   これさ! モロッコの時のディートリッヒだよ。
生徒6   ええー!
生徒4   うん。いいよな。この時はさ、相手役のゲーリー・クーパーもさ、まだ若くて、
      カッコイイもんな!
生徒6   お前……こんなの、ババアじゃないかよ。……どうかしてるよ!
生徒4   ……じゃあさ、お前は誰だよ?
生徒6   バカ、俺はさ、やっぱり、ブルック・シールズだよ!
生徒4   ブルック・シールズ?
生徒6   そうだよ。お前、これ、見てみなよ!(ページをめくって) くーっ!!
生徒4   うーん……いいかなぁ……
生徒6   バカ、当たり前だよ。お前今から、ババアなんかが好きだと、ろくなことになら
      ないぞ。
生徒4   うーん……そうかなぁ。
生徒6   ババアはさ、金ブチ(教師の呼び名らしい) にまかせとけよ。
生徒4   だめだよ。あんな奴には、もったいないよ!
生徒6   へへへっ。でもさ、金ブチの奴さ、……女、いると思う?
生徒4   いやーいないだろ。あれじゃあいる訳ないよ。
生徒6   うーん。そうだよな……週に1度は、梅毒の授業だもんな。
生徒4   ほんと、あれには、うんざりするよな。
生徒2   (彼らの話に加わる) おい、その話だけどね、僕、前に、鼻のない男、見たことあ
      るよ。
生徒4   ほんと?
生徒6   ちぇっ! 気色悪いなぁ。
生徒2   それにさ、B組の佐藤、あいつさ、サッカーの試合で鼻ケガしたって言ってたけ
      ど、もしかして、アレじゃないかって思うんだ。……やけに低くなったような気
      がするぜ。
生徒6   ちょっと待てよ。じゃあさ、もう女とやったって事か?
生徒2   ……そ、そういう事になる……なぁ………
生徒4   えー。
生徒6   えー。……でも、あいつがアレならさ、僕達にも移っちまうぜ。……そしたら学
      校閉鎖だよ。
生徒2   学校閉鎖かぁ……
生徒4   ふーむ……
生徒6   ふーむ……
生徒2   新聞に、載るだろうなぁ。
生徒6   くくっ。金ブチの奴、ぶったまげるぜ!
生徒2   ……ああ、それからさ、転校生の三上って奴、あいつ、気になるなぁ。
生徒6   ああ、あいつな。外ばっかり見てるもんな。
生徒2   噂によると、誰かを捜してるんだってさ。
生徒6   誰だよ?
生徒2   さあ……
生徒4   あいつ、童貞かなぁ?
生徒6   当たり前だろ。ああいうのは、もてないよ。
生徒2   うん……あいつ見てるとさ……何か、嫌な感じするんだよな。
生徒4   そうそう。
生徒5   あの、お話し中、申し訳けありませんが、本日の課外授業は、いかがいたしま
      しょうか……
生徒2   出るよ! チンカジョンの授業だもんな。
生徒4   今日は、何だと思う?
生徒2   うん、先週が、資本主義社会についてだったからな……今日は……

この時、突然時計が8時のカネをうつ。 生徒達、会話を中断し、耳を澄ます。おもむろに、
1人が小さく合図の笛を吹くと、皆、そろそろとイスを移動させ、教卓の前に2列に向き合わ
せになって座る。笛、ピーッピッ、と強く吹かれる。すると激しいビートの音楽が響き出す。生徒達こぶしをふり、足を踏みならしながら口々にコールを始める。

生徒達   チンカジョン! チンカジョン! チンカジョン!……

音楽、さらに高なり、黒板が、ギギーッと、裏返る。生徒達、熱狂的にコール! 黒板の裏側に、1人の乞食の少年が、横になってはりついて、弁当を食べている。ビリビリに破れた袴に、女物のような襦袢をまとっているが、とにかく汚い。黒板止まると、大きく口を開けて、ゲラゲラと笑う。しかしこれは、少年の生の声ではなく、口を開けると、テープで笑い声が響く仕掛け。以降、少年の笑い声は、全てこの仕掛け。笑い声を聞くと、生徒達、一勢に、片手を上げる。   

生徒達   ハイル、チンカジョン!!
乞食    ん、ハイル。(と、弁当を食いながら)……ア〜……(胸元をポリポリかく)……
      え〜……(お尻をポリポリかく)……先々週の講義では、「浮浪者の社会的地位
      の向上」と「乞食社会の特権」について、学びました。ええーそれから先々週は
      「猫にまたたび、歴史に女……の関係性」…そして先週は、「資本主義乞食社会
      の傾向と対策」……についての講義でありましたが、いかがでありましたでしょ
      うか?
生徒達   (拍手!)
乞食    さて……今週の講義でありますが……いよいよ今週は…えー今週は、君たちお待
      ちかね、「オナニズムの意義と、その実践」で、いきたいと思います。
生徒達   (拍手!)
乞食    ……では、さっそく授業に入りたいと思いますが……君たちの中で、すでに実践
      した事のある者、手を上げて!

間。生徒達、誰も手を上げない。乞食、例のごとく、笑う。

乞食    自慰行為などというものは、乳幼児でも行っているところのものであります。
生徒4   チンカジョン!(手を上げる)
乞食    ハイ!(指す)
生徒4   自慰、自瀆は、旧約聖書にある通り、罪悪であると教わりましたが。
乞食    金ブチが言ったのだろう?……いいですか、金ブチは、ウソばかり教えるので、
      十分気をつけねばいけません!
生徒達   (拍手)
乞食    えー、確かに、オナニズムの語源は、旧約聖書のオナンでありますが、オナンと
      いうのは、羨ましい事に、死んだ兄ちゃんの代わりに、兄ちゃんの嫁と寝て子供
      を作るように、親に命令された訳であります。ところが、いざという時になって
      急にイヤになっちゃって、わざと、精液を地に洩らしてしまった。それで、親の
      命令に背いたってことで殺された訳でありまして、罪悪なのは、自瀆ではなく、
      まあ、強いて言えば、性交の中絶が、まずかった訳ですな。樽の中で孤独の生活
      を楽しんでいた、反文明主義の哲学者、ディオゲネス先生などは、弟子達と一緒
      に、アテネの広場で白昼堂々、大っぴらにオナニーに耽っておりました。そして
      集まった見物人に向って、「腹の減った時も、同じ様に、胃袋をこすって腹が一
      杯になったら、どんなに結構な事だろう。」などとのたまったそうであります。
      ……本当にそうでありますね。

乞食少年、弁当を食べ終わり、教壇に降り立つ。

乞食    では! つまらぬ前置きより、早速、実践に移りましょう。

そう言って、首を上下に動かす。

生徒達   (真似する)
乞食    (腰を左右に振る)
生徒達   (真似する)
乞食    (腕を突き出し、手首を振る)
生徒達   (真似する)
乞食    それでは、チャックを開けて!……手を、つっ込んで!……
生徒達   (緊張する)
乞食    ……突撃ーっ!!

号令と共に音楽入り、生徒達、激しくオナニーを始める。乞食少年、楽しそうに、彼らの間を飛び回る。やがて、音楽の終わりと共に、生徒達、一勢に発射して、果てる。宙に飛びかう精液。乞食少年、それを、体に浴びる。入れ替わりに、うって変わって静かな音楽が流れる。
生徒達、小さく呻いている。

乞食    ……俺の大好きな公衆便所の、右から3番目の扉には、真っ赤な文字で、使用禁
      止と書いてあります。それは4年前の冬、僕が勝手に書いたわけで、それ以来、
      僕以外の誰もその便器を使いません。僕は毎日、この扉の中で寝起きしながら、
      窓の外を見たりしてます。格子のはまった、小さな窓からは、ゴミ捨て上の端
                     の、わずかな地面しか見ええず、そこに、ひょろひょろとした雑草が2本、生え
      ているばかりです。時折、この雑草の根元のあたりにまで、ゴミが崩れかかり、
      ツルツルした玉ネギの切れ端や、ビールビンの茶色い破片が、強い陽差しにキラ
      キラ光ったり、しています。僕は、そんな光景をうっとりと眺めながら、白い便
      器の中へ、放尿します。便器はひんやりと冷たく、滑らかで、抱きしめると、雪
      のように、低く、鳴ります。僕は、僕はそんな時、便所の戸を激しくけりながら
      あの日の事を思い出します。……ですが、今は何も思い出せず、街を歩いても、
      広場の裏で排便しても、僕の大好きな公衆便所の、右から3番目の扉の、使用禁
      止のペンキの文字が、裏返しになって浮かんで消えず、それにだぶって、格子の
      はまった小さな窓から見える、わずかな地面の、雑草と、生ゴミと、陽にキラキ
      ラ輝くビールビンの破片とが、四角に区切られて、僕のまぶたの裏に張り付いて
       張り付いて、何を見ても、決して消えることがなく……そ、それで、気がつい
      たんですが、あの、ぼ、ぼ、ぼぼぼくは、ぼ、ぼ、ぼくは、あの、べ、べべ、あ
      の、ぼ、ぼくは、べ……便所です。

乞食少年、たどたどしく言い終わると、突然、大口を開けて笑う。ぱっと身を翻し、机の裏に
飛び込むようにして隠れる。ドア、ゆっくりと開いて、キョロキョロとしながら、三上、入って来る。教壇の上の、教師の机の引き出しを開けて、中身を探る。だが、やがて諦めたように、ボンヤリと、立ち尽くす。正面を向く。ゆっくり、1歩1歩、かみしめるように、舞台正面に向って歩き出す。風の音がし始め、1歩進むごとに、風、強くって行く。風が強くなって行く。風の音に、音楽が混ざり始め、急に、舞台両脇から、冬の町を行きかう人の群れ現われ、、横切る。三上、その中1人、驚きの目で見る。大声で、呼び止める。

三上    姉さん! 姉さん!

その人物、気づかず、去りかける。

三上    待って姉さん! 由紀夫ですよ!! 姉さん!!

その人物、ピタッと止まる。姉らしい。三上と姉に当たる2本のサスだけになる。暗い中を、人の群れは、いつの間にか、去る。音楽も消えている。姉は、止まるが、振り向かない。

三上    姉さん……どうしちゃったんだよ!!
姉     ……。
三上    ……。
姉     ……。
三上    ……僕、2年間、捜し続けたんですよ。
姉     ……。
三上    どうしたんです、由紀夫ですよ。忘れた訳じゃないでしょう?
姉     ……。
三上    ……死にましたよ。猫。……庭の草も、全部、枯れました。
姉     ……。
三上    ……夕子さんは、お嫁に行ったそうです……。
姉     ……。
三上    僕が、どんな思いをしたか、わかるでしょう!
姉     ……。
三上    あれから何処にいたんです。……誰と、何処にいたんです!!
姉     ……。
三上    ……トランク、穴があいて、ボロボロじゃない。
姉     ……。(トランクを、左手から、右に、持ち換える)
三上    また、何処かへ行くつもりなんですね。
姉     ……。
三上    何処へ行くつもりなんだ!えっ⁉︎ ……答えろっ!! 何処へ行くつもりだった
      んだ!!
姉     ……。(ゆっくり正面に向き直る。三上の方は、見ない)
三上    (気をとり直して、静かに)……帰りましょう。
姉     ……。
三上    ……帰りましょう……家へ。
姉     ……。
三上    僕と、帰ろうよ姉さん。
姉     ……。
三上    姉さん!!何故、黙ってるんだよ! 姉さん、姉さんたらぁー。

三上の言葉の合間に、微かな、口笛のような音が響き出している。三上、それに気づいて口ごもる。それは、姉の唇の間からもれている。歯の隙間で鳴らす。口笛よりも小さな、あの音だ。耳を凝らすと、それは、ジャン・ギャバンの「ヘッド・ライト」のテーマだ。三上、姉の唇を擬視したまま、立ちつくす。やがて、姉、ゆっくりと、三上の胸元に目を移す。三上、自分の胸元を見る。学生服の第2ボタンが取れて、無い。それだけだ。三上、不思議そうに、姉を見る。姉、まだ、胸元を見ている。

三上    ……いえ、これは、どこかで落としてしまって……

姉、まだ、見続けている。まるで、ボタンが1つ無い事を、厳しくなじるような、眼差しだ。
三上、オロオロと、

三上    いえ、違うんですよ……さっきまでは、ちゃんとあったんです……そう、きっ
      と、この辺に落ちてるはずですよ……

三上、当たりの地面を、はいつくばって捜す。見つからない。

三上    ……おかしいな……ほんとに……ついさっきまでは閉めてたんですから……落と
      したんなら、この辺のはずだけど……おかしいな……

三上、フッと姉の方を見上げる。姉、いない。姉のいた場所の空のサスだけ、当たっている。三上、茫然として、サスを見詰めている。ライトのテーマ、流れる。三上、悲痛な声を上げ、
姉の姿を追う。突然、姉の去った側から、街の人の群れ現われ、三上、もみくちゃにされる。
人の群れ、互いに、「君を愛しているよ。」「私もあなたを愛しているわ。」「君を愛しているよ。」「私もあなたを愛しているわ。」と、大声で、くり返す。三上の声も、かき消される。ヘッド・ライトのテーマ、大きくなる。ゆっくりと暗転。まだ、音楽、響いている。やがて、消えてゆき、サスが1本、入る。三上が1人、倒れている。起き上がる。服の汚れを払う。

三上    …姉さんは、最後まで、僕の顔を、見ませんでした。

音楽。三上、正面を向いたまま、手だけが、服の汚れを、払い続けてる。暗転していく。暗転の中、トルコ語を読む教師の声、それを繰り返す、生徒達の声、響く。明るくなると、教室。
授業中である。教師は、よほどトルコ語が好きらしく、いつになく、明るい。が、その顔が、急に曇る。三上が、また窓の外を、望遠鏡で眺めているのだ。

教師    おい、こら、三上!
全員    おい、こら、三上。
教師    君は何を見ているのかね!
全員    君は何をしてるの––––––。
教師    うるさいっ!
全員    ……。
三上    ……。
教師    ……君は……何を見ているのかね?
三上    街の景色です。
教師    景色ねぇ……。そんなものが面白いのかい?
三上    ええ、逆さまに見えるんですよ。森も街も人も。
教師    ほう……どういうレンズを使っているのかね?
三上    窓ガラスです。
教師    窓ガラスって……あの、只のガラス?
三上    はい、そうです。前に窓ガラスを割った時、その破片の1枚があまりにキレイに
      光ってたので、それを拾って取りつけました。
教師    しかし、只のガラスで、風景が逆さに見える訳ないだろう。
三上    はい、嘘です。
教師    ……。
三上    ……でも、このガラスは極上ですから。
教師    じゃあ、その極上のガラスで、本当は何を見てるんだ。
三上    遠くです。
教師    只のガラスじゃ遠くだって見えんだろう。
三上    とても、近い遠く。
教師    え?
三上    いえ、正確には、地球上の1番遠く。僕にとっては、地の果て。
教師    何処それ。
三上    そこ。
教師    え?
三上    ここ。(自分の背中を指す)……僕の背中です。
教師    (笑いながら) 君は、背中にとまってるハエでも見ようってのかい?
三上    ……。
教師    なる程ねェ……。君のガラスは魔法の鏡だね。
三上    いえ、やはり……ガラス板はガラス板ですから。
教師    じゃあ何故、背中など見えるのかね。
三上    そうですねェ……僕の目がレンズなんでしょうか。
教師    ん?
三上    いえ、僕の目がね、レンズになっちゃってるのかなあ、と思って。
教師    どういう意味かね。
三上    さあ……只、遠くのものが近くに見えて、近くのものは、はるか彼方に見えるも
      のですから。
教師    遠近法が狂ってるね。
三上    はい。すぐそこにある物を取ろうとして手を伸ばすと、遠すぎて取れないんで
      す。
教師    変だね。
三上    変です。焦れば焦る程、どんどん遠くなる。そのくせ、遠くの物なんかすぐそこ
      に見えるんですから、てんでつまらなくって取る気もしない。
教師    君……少し疲れてるようだね。転入したては気持ちが不安定になりがちだ。
      それに、まあ、君の場合は姉さんの事もあるし……。
三上    そういう事ではなくて、僕の目が、そういう仕組みになってるかもしれないとい
      う話をしてるんですけど
教師    そうかね。じゃあ、そんな望遠鏡など要らんじゃないか。
三上    そうはいきません。
      自分の部屋で失くし物をした時、僕はこの手を使うんです。鏡に写して部屋を見
      てみる。素通しのメガネをかけてみる。足の間から、逆さまに見てみる。する
      と、さっきまで、引き出しを引っ繰り返しても出てこなかった捜し物が、すぐ目
      につく場所に、ポンと置かれてあったりするんです。
教師    それで?
三上    つまり……僕はこの要領で、姉を捜してるんですよ。
教師    ……三上君。君の気持ちは分からんでもない。私も、だから、ここ数日、黙って
      いたんだよ。しかしね、そんな子供騙しのやり方では、姉さんは見つからんよ。
三上    いえ、きっと見つけます。
教師    だが、今は授業中だ。転入生といえども、そうそう甘くはしておられん。今日か
      ら、授業中、望遠鏡を覗くのは辞め給え!
三上    でも先生–––。
教師    君は私語が多過ぎる。とにかく、今、君が努力すべき事は、1日もはやく、この
      学校のレベルに追いつくことだ。いいね!
三上    先生!

教師、無視して、トルコ語をしゃべり出す。

  

三上    先生!
教師    ……。
三上    先生!
教師    ……。
三上    (今度は、ゆっくり手を上げて、明るく) 先生!
教師    (仕方なく振り向く) ……はい。……三上君。
三上    ……。(きちんと立つ)
教師    何だね。
三上    ……あの……
教師    まだ何か言いたいかね。
三上    ……ええと……(ニヤニヤしている)
教師    何だね、さっさと言い給え!
三上    ……それが、その……(さらにニヤニヤ) ……退屈です。

生徒達、その一言、異常な反応を示す。それぞれ、ふで箱をつかみ、ガチャガチャと振り始める。教師、蒼白となる。生徒達、口々に、マシーンのように叫び出す。

生徒1   退屈だあ!
生徒2   退屈だあ!
生徒3   退屈だあ!
生徒4   退屈だあ!
生徒5   退屈だあ!
生徒6   退屈だあ!
教師    黙れ! 黙れ!

生徒達、ぴたっと止まる。

教師    ……三上君。これは何の真似だね。
三上    ……先生。僕の大好きな先生……。実は、さっき、望遠鏡を覗いていたら……
      ……あなたの顔が見えました。

音楽。生徒達、一勢に、ノートを放り上げる。ページがほどけ、紙がヒラヒラ宙を舞う。
その中を、三上ゆっくりと望遠鏡を目に当て教師の顔を覗き込む。
2本のサスに絞られていく。やがて暗転。

–––––––––– 幕––––––––––

–––これより、10分間の休憩です。–––
トイレに行ったり、タバコを吸ったり、ジュースを飲んだり、おしゃべりしていて下さい。


2幕 ”保健室“
(1場)

ゆっくりと暗転していく。無音。客席が静まった頃、ハァハァと荒い息使いだけが聞こえてく
る。息次第に高まり、苦しげな生徒3(武井)の声がそれに混じる。

生徒3    ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……うっ……ううっ………に、兄さん……ハァ
       ハァ……兄さん、やめて……うっ……やめてくれよ……ハァ……ハァ……ぼ、
       ぼくは……あ、あんたの弟じゃないか………うっ……ハァ……ハァ……あんな
       事……あんな事…ぼくはもう2度としないよ…うっ……ぼくは……お……女
       じゃないんだぞ!ハァ……ハァ……あっ! や……やめて………ハァ……
       あっ! や……やめて!……ハァ……そんな事、しちゃあいけないよ……
       うっ……あっああっ! だっ……だめっ!……ハァハァ……兄さん、だめだ
       よ………兄さん! 兄さんたらあっ!……いつっ!! こ、この変態っ‼︎……
       やめっ……ああっ……やめろ!…やめろよっ! ああっ!やめろ!……
       あっ!……ああーっ!!

生徒3の悲鳴と共に、ポンと照明が入る。彼の回りを、白衣を着た教師、同じく白衣の保健室助手、丸尾(丸尾末広氏)が、とり囲み、じっと見守っている。ここは保健室だ。生徒3が座っているのは、中央の小さなベッド。その両脇に白い布をはったパイプ製のついたて。後ろの壁
の中央には、大きな薬棚。そこに、びっしりと薬ビンが並んでいる。窓の前には、机が1つ。その横には、人体模型が1つ立っている。ドアの側の壁には医学器具の入った戸棚が1つ。
教師と丸尾は無表情に、生徒3を見つめている。生徒3は、悲鳴を上げると同時に目を覚まし、小刻みに震え出す。

生徒3   ハァ……ハァ……せ、先生、苦しくて……苦しくて仕方ありません……は、はや
      く、楽にして下さい……お願いします……はやく、……ハァ……ハァ……

教師、にやっと笑う。おもむろに、

教師    丸尾君!
丸尾    はい。
教師    手術の用意!!
丸尾    はいっ!!

音楽! 丸尾、慌ただしく、マスク、ゴム手袋をつけ、ベッドの回りに器具を並べる。生徒3をベッドに寝かせ、青い液体の通った点滴の管を、その体に通す。口に全身麻酔のマスクをかませ、ベッドの前を、つい立てで仕切る。教師も、マスク、ゴム手袋をして、消毒液で手を洗う。

教師    メスッ!

教師、手を差し出す。丸尾、メスを手渡す。急に音楽高まり、教師メスを片手に、激しく踊り出す。体を、強くうねらせながら、つい立ての中にとび込む。麻酔が充分でないのか、生徒3の悲鳴が聞こえる。つい立てに、血が、点々と飛び散る。教師、踊りながら、つい立ての中から飛び出して来る。手袋が血で汚れている。Uターンして、再びつい立てに飛び込む。さらに、つい立てに血が飛び散る。勢いあまってか、一筋、二筋、つい立てが、メスで裂かれる。教師、内臓の1つをつかみ、手でかざしながら、飛び出して来る。踊りながら机の前まで来る。その時、つい立ての中から丸尾の声。

丸尾    先生! 大変です! 腹の中から変な物が出て来ましたっ!!

丸尾、つい立てをパッ!と開く。生徒3の腹は裂かれ、内から、内臓と共に、鋭利な歯をした、奇妙な生物が顔を出している!

教師    (驚き、踊りを止め、見つめる)……エイリアンだ。
丸尾    エイリアン?
教師    そうだ! 性的妄想という名のエイリアンだ!!
丸尾    どうしましょう?
教師    切り取れっ! 切り取ってしまえ–––っ!!

教師、再び踊り出す。丸尾、つい立てを閉じ、エイリアンを切り取りにかかる。
教師、激しく踊り続ける。

丸尾    先生––っ!
教師    どうしたっ!!
丸尾    だっだめです!!今度は……今度は彼自身が、1匹の強大な妄想と化してま
      すっ!!

丸尾、つい立てをを開ける。音楽高まる。……!! 生徒3が、1匹のエイリアンと化し、
のたうち回っている! 教師、踊りを止め茫然として立ちつくす。

   

教師    ……そうか。麻酔だ!
丸尾    ⁉︎
教師    麻酔を切るんだっ!! 麻酔で眠れば眠る程、妄想は膨らむばかりだ! 
      麻酔を切れ! 眠りから覚ますんだっ!!

丸尾、つい立て閉じる。急いで麻酔のスイッチを切る。音楽、遠のいていく。
丸尾と教師の、荒い息ばかりが残る。

教師    ハァ……ハァ……どうだ?
丸尾    ハァ……ハァ……どうやら……元に戻りました。(ゆっくり、つい立てを開く)
      麻酔は……切れましたが……ハァ……ハァ……今度は痛みで失神したようです。
教師    そうか……よろしい。気絶しているうちは、夢も見んだろう……。

教師、生徒3の体を、じっと見る。生徒3は、無残に、内臓を飛び出させたまま、
静かに横たわっている。

教師    (はっとして叫ぶ) マーキュロ!
丸尾    ……?
教師    丸尾君! 仕上げのマーキュロをくれ!

丸尾、オドオドと、薬棚からマーキュロを取り、教師に手渡す。教師、生徒3の腹に、
タラタラとマーキュロをたらす。

教師    ……不思議な赤だ。(うっとりと、腹のあたりをなでようとして)おっと、マー
      キュロにうっかり触ると大変だ。指についたら、3日は落ちやしない。

丸尾、不思議そうに見ている。

教師    きみいっ! 吹いて、吹いて!
丸尾    え?
教師    吹くんだよ。こうして。(口から風を送る)  フー!フー!
丸尾    フー!フー!
教師    ……こうして患部が乾いてゆくと、マーキュロ独特の輝きが出て来るんだ。
      ん? 君にも経験があるだろう? 子供の頃、膝小僧なんぞを擦りむいて、
      この薬を塗られると、やがて傷口が乾いて、妙な色に輝き出す。赤か緑か分から
      ない。……そう、真赤な金属のような……
丸尾    ……。
教師    丸尾君、その秘密を知りたいか?
丸尾    ええ。

教師、本引き出しペラペラめくる。あるページで手を止め、丸尾に渡す。

教師    読んでみ給え。
丸尾    (読む)
教師    声を出して!
丸尾    は、はい。……えー、マーキュロ。正確には、マーキュロクローム。
      無臭の藍緑色、又は、緑赤褐色の粒。アルコール、アセトンにはほとんど溶けな
      いが、水に溶け易い。……水に溶けると、赤色を呈する。主に、2%水溶液とし
      て、使用。ヨードチンキより作用は遅いが、刺激性がなく、細菌発育抑制作用
      あり。
教師    ふん、ふん。
丸尾    ……えー、副作用。ジンマ疹の発疹。えー、マーキュロクロムの分子式……
      C20 H8 O6 N02 Hg……
教師    そこだ。 Cとは何だ。
丸尾    炭素。
教師    Hは?
丸尾    ええと……水素!
教師    そうだ。Oは?
丸尾    酸素!
教師    じゃあ、Naは?
丸尾    ナトリウム。
教師    最後のHgは⁉︎
丸尾    ……!
教師    どうした。
丸尾    いえ、でも……だって、先生、そんなはずありません……
教師    ……ところがあるんだよ。丸尾君。驚いたろう。その通り、Hg、水銀だ。
丸尾    ……。
教師    1919年。ヤング・ホワイト・シュワルティが、水銀と色素の化合物を研究中
      に発見されたのがマーキュロだ。誰だって信じられるわけがない。唯一の液体金
      属であり、猛毒である水銀が、消毒薬に含まれている訳だ。(マーキュロのビン
      を手に取り)……マーキュロクローム。猛毒にして薬品。ビン詰めの逆説。完璧
      な薬品だよ。……それに、この響きがたまらんじゃないか。マー・キュ・ロ。
      鼻音から、破裂音、そして舌音で締めくくる。子音の発音の3通りを、全て備え
      ている。……完璧だよ……。

教師、再び生徒3の腹に、マーキュロをたらす。満足そうに、顔を輝かせ。

教師    こうして内臓にマーキュロを与えてやると、病んでいるあらゆる臓器が、生き
      返ったようになる。ほうら、こうやって光を当てると、あちらこちらが、金属の
      ように輝くだろう。……こんな美しい内臓をもっていたら、死んでからだって恋
      される。
丸尾    ……。
教師    さ、丸尾君。あとは、縫合しておいてくれ。
丸尾    ち、治療は、これだけですか⁉︎
教師    その通り、妄想の傷口は、マーキュロでしか癒やせはしない。
丸尾    しかし……
教師    おっと、マーキュロを手につけたら大変だ。3日は落ちやしない。……おっと、
      マーキュロを手につけたら大変だ。3日は落ちやしない……おっと、マーキュロ
      を手につけたら大変だ。3日は落ちやしない。

丸尾、黙って教師を見つめている。急速に、暗転していく。
           
  

(2場)

チャイムが鳴る。明るくなる。カルテを持った生徒達が、1列に並んでいる。どうやら、身体検査が始まるらしい。皆、少し緊張した面持ちで、カルテに目を落としている。時折、ひそひそと、話し合う。

生徒1   (小声で) おい! おい! おいってば!
生徒4   (小声で) 何だよ!
生徒1   おれさ、この間ね、骨がばらばらになる夢みたんだよ。
生徒4   だから何だよ。
生徒1   いや、だからさ、カルシウムが不足してるのかな?
生徒4   どうだろう。僕は、この頃、毎日海藻を食べるようにしてるけど……
生徒1   えっ?
生徒4   海藻だよ。
生徒1   ……海藻にカルシウム含まれていたっけ?
生徒4   え?
生徒1   骨にいいのかい?
生徒4   何の事だい! 毛だよ!……なかなか生えてこないんだよ。
生徒2   ぷっ! 何だよ、まだ生えてこないのかよ。
生徒4   うるさいなあ!
生徒1   ちょっと待てよ、俺はさ、夢の話をしてるんだよ!
生徒2   え?
生徒1   だからさ、カルシウムの話なんだよ!
生徒2   おい、それよりさ、武井の奴さ、この頃変じゃないか?
生徒1   変て何が?
生徒2   様子が変なんだよ!
生徒6   おい!
生徒2   え?
生徒6   今のさ、武井の話だろ。
生徒2   そうだよ。
生徒6   そうか。やっぱり、あいつ、変だよな!
生徒2   お前も思ってた?(生徒1に) な、やっぱり、変ていうの本当だろ?
生徒1   だから、どういう風に変なんだよ!
生徒6   うん、何て言うかな、人が変わったみたいだ。
生徒2   そう!人が変わったみたいだよな!
生徒1   どう変わったんだよ。
生徒6   うまく言えないけどさ……堅くなった。
生徒1   え?

生徒3(武井)に、サスが当たる。他、暗くなる。生徒3、無表情で、硬直したように、
つっ立っている。

生徒6   そう……何ていうか……金属的なんだな。
生徒2   うん、そうだ。金属的なんだよ。
生徒6   動きがさ、ギクシャクしてて、変だろ。
生徒2   うん。機械みたいだぜ。
生徒1   気のせいだろ。
生徒2   そんなことないさ。あいつが階段昇る時さ、足音が、カチカチいうの聞いたぜ!
生徒1   そりゃお前、ガビョウかなんか踏んで、そのままにしてるんだよ。
生徒2   そうかなあ……確かに、おかしいけどなあ……
生徒6   僕さ、あの日以来だと思うんだ。
生徒2   あの日って?
生徒6   あの日だよ! 武井がさ、放課後1人で保健室に呼ばれた日さ!

急に、ドア開く。明るくなる。白衣の教師、丸尾、入って来る。生徒達、慌てて列を整える。教師、机に着席。丸尾、咳払いを1つしてから、生徒の名を呼ぶ。

丸尾    では、定期検診を始めます。えー、
生徒1   はい。(教師の前のイスに座り、カルテを渡す)
教師    (カルテを見ながら)フーム、君はよく背が伸びたね。
      1年間で9cmも伸びてる。

教師、聴診器を胸に当てる。次にまぶたの裏の色をみる。

教師    舌を出して。……うーん、少し貧血気味のようだね。
生徒1   はい、時々、めまいがする事があります。それから……骨も少しもろいような
      気がして……
教師    骨が?
生徒1   はい、骨がバラバラになる夢を見るんです。
教師    ……また夢の話か。夢見がちな者は、いつも貧血気味とされてる。……
      言っておくがね、病気に憧れる病だけは、絶対に治せんよ。
生徒1   ほ、本当に治したいんです!
教師    そうかね。それじゃあ、きみの場合はだね……あまり眠らんことだ。
生徒1   え⁉︎
教師    次っ!!
丸尾    浅田君。(生徒1、すごすごと去る)
生徒2   はい。(座る)
教師    おや……君は、随分と痩せたんだね。ん?
生徒2   はい……。
教師    7kgも痩せてるじゃないか。……どれどれ。(聴診器を当てる)んー……(まぶた
      の裏を見る)んー……。君、何か悩み事でもあるのかね。
生徒2   いえ、ありません。
教師    そう……ない。……君、やり過ぎなんじゃない?
生徒2   えっ!!
教師    だからね、やり過ぎは体に悪いと、言ってるんだよ。
生徒2   (赤くなって下を向く)
教師    そんなにまでしなければ、気がすまないのかい?
生徒2   すいません。(か細い声で) いけない、いけないとは思うんですが、……つい夜に
      なると、手が……自分でも……どうしてか分からないんですが……
教師    は?
生徒2   ……?
教師    ……私はね、君の勉強のし過ぎの事を言ってるんだよ。
生徒2   ……。
教師    (咳払い)……君には、手錠が必要のようだね。
生徒2   (下を向き、小走りに去る)
教師    (イライラとため息をつき)……次!
生徒6   はい。(座る)
教師    君はまた……身長が伸びんなぁ。まだ135cm。
生徒6   え⁉︎
教師    え?(教師、生徒6をみる。カルテを見る。もう1度、生徒6を見る)……丸尾
      君っ!! カルテが違うよ! カルテが!!
丸尾    あ、すみません。(教師の差し出したカルテを受け取ろうとする)
教師    ちょっと待った。(急に丸尾の手をつかむ)
丸尾    ?
教師    丸尾君……こ、このペンだこは、何だね?
丸尾    こり……こりは……
教師    こりは何だね? え?……そうか……最近、君に関して悪い噂があってね、
      君がね、私の目を盗んで、この保健室でマンガを描いているっていうんだが
      ね……どうやら、本当のようだね。
丸尾    い、いけませんか⁉︎
教師    ふん。まあいい。個人の趣味には、とやかく言うまい。……だがね、丸尾君……
      間違っても……エロマンガではないだろうね。
丸尾    エロ、エロマンガなんて、僕は、描いたことありません!!
      (丸尾、飛び出して行く)
教師    ……少し……傷つけてしまったかな……。仕方がない。では、早坂君!
生徒6   はい。(座り、カルテを出す)

教師、カルテを見ている間を盗んで、丸尾、こそこそと、舞台隅に戻って来て、客席に向い、
白衣の前を開ける。少女椿のシャツを着ており、胸には、新人賞のリボン、さらにベルトの間に、自作の単行本、4冊をはさんでいる。客席に向かって、おじぎをする。拍手が来るか、
無視されるか、私は知らない。教師、気づかないうちに、丸尾、再びこそこそと、去る。
さようなら。

教師    (生徒6の胸に、聴診器を当てている) 君の場合は、脈が少し、早いようだね。
生徒6   ……。
教師    君も、心配事かい?
生徒6   ……。
教師    黙っていては、分からんだろう。
生徒6   ……母が……僕が学校に行ってるスキに、引き出しの中を盗み見るんです。
教師    ……どうして分かるんだね?
生徒6   いつも、微妙に、入れてあった物の位置が違っているんです。
教師    気のせいでは……なくて?
生徒6   いいえ! 今だって、部屋の中に忍び込んでますよ!……分かるんです。
      ……ほら……今、引き出しに手をかけた……ほら……今、開けた!……ね?
教師    ふーん、じゃあ、この、ネズミの死骸でも入れておいてみたらどうかね。
      (と、内ポケットからネズミを出す)びっくりして、もう、見んようになるだろ
      う。(笑う)
生徒6   (真顔で) ……やってみます。(大事そうに手のひらにのせ、去る)
教師    次!!
生徒4   (座る)
教師    君だね。
生徒4   はい、あの、先生……(声が高い)
教師    ああ、君の場合は、分かっている。声変わりが、まだだと言うんだろう?
生徒4   そうなんです。それから……毛の方も!
教師    大丈夫。そのうち、変わるよ。
生徒4   そのうちって、いつですか?
教師    まあ……そのうちだよ。
生徒4   先生! 僕、去年も同じ事、言われました!!
教師    そうかね。では、来年は、ぜひ、言わんですむようにしたいねぇ! 次!!
生徒4   ……。(悲しげに、去る)
教師    (次の生徒5を見て)どうした、君。火傷だらけじゃないか!
生徒5   はい、これは全く、火傷だらけであります。
教師    ひどいな、どうした?
生徒5   はい。結局、火は、消すことができず、先生に頼んでもダメだったという訳
      で……
教師    何の事だ。
生徒5   ですから、僕は、火が大嫌いであるにもかかわらず、裏山は火の海で……
教師    見事に紅葉はしているが、火事にはなっとらんだろう。
生徒5   そういって、先生は、全くとりあってくれず、仕方が無いので、僕は自分で火を
      消しに行き、とうとう、火傷をしてしまったのでございます。
教師    ……きみねェ……
生徒5   ああ、熱い。なんて熱いので、ございましょう。

教師、黙ってかたわらの洗面器を取り、生徒5に、頭から水をかける。

生徒5   ……ああ、なんて、冷たいのでございましょう。
教師    ……どうだね。妄想の火事は、消えたかね?
生徒5   ……。
教師    もし、まだ消えないのなら……血を、取り換えてやろうか?
生徒5   え⁉︎
教師    血液をね、マーキュロと取り換えてやろうかと言ってるんだ。
教師    武井を見たまえ!!

生徒達、一勢に、生徒3(武井)を見る。生徒3、ギクシャクと、教師の前のイスに向って歩く。その間、生徒達、口々に、「やっぱりそうだったんだよ。」「何かされたんだよ、あいつ。」などと囁き合う。生徒3、イスに、座る。

 

教師    どうかね? 体の調子は?
生徒3   すこぶる、良いです。
教師    まだ、変な夢は見るのかね?
生徒3   いえ、ほとんど見なくなりました。
教師    よろしい! (生徒達に) 聞いたか、諸君! この妄想狂の武井にして、これだ!
      これが、マーキュロの効能だ。……現在、彼の血液の20%が、マーキュロと取り
      換えられている。それだけで、彼の脳髄は、これだけ浄化され、極めて清潔な精
      神状態を保っている。……どうだ、うらやましいかい?君たちが、夜毎のいまい
      ましい妄想から開放される術は……これだけだ。そしてこの私が、これだけ清潔
      な人間でいられる理由も、これだ。私の血管には……100%マーキュロが流れて
      いる。
生徒1   先生! 僕の血も、か、変えてください!
教師    そうか、そうか。いいだろう。……それでは、こうしよう。この次の、スウェー
      デン語の試験が優秀だった者から順に、手術をしていこう。
三上    先生!
教師    ん? 異議有りか?
三上    いえ、僕だけ、定期検診、まだなんですけど。
教師    おお、そうだったな。……じゃ、座りたまえ。あ、他の者は、教室に戻って!
三上    (一応座りながら) でも、僕は、健康なので、どちらでもいいんですが。
教師    そう思い込んでいる者程、思わぬ病を持っているものだよ。……私に言わせれ
      ば、君なんかが、1番、マーキュロの必要な人間に思えるがね。
三上    どうしてです?
教師    だって、この頃、君は妙にイライラしてるじゃないか。それに、姉さんを探して
      ると言うわりには、望遠鏡を覗いているだけだし。おまけに、この間は随分面白
      い事を、言ってくれたねェ……。望遠鏡の中に私の顔が見えたとか……。あれ
      は、どういう意味だね?
三上    さあ、僕にも分かりません。
教師    分からない?
三上    ええ。只、本当に見えたものですから……。
教師    気味が悪いねェ……。それじゃあ、まるで、私が君の姉さんに、何か、関わりが
      あるみたいだねェ(笑う)
三上    (笑いながら) そうなんですか?
教師    そうでないなら……姉さんを捜すのを、私にも手伝え、という意味かな?
三上    ああ、そうかもしれません。
教師    うーん、やはりそうか。……いやね、実は、そうじゃないかと思ってね、私も、
      及ばずながら、調べてみたんだよ。
三上    え⁉︎
教師    只……なかなか言いづらくてね。
三上    という事は……
教師    君を、がっかりさせる結果だ。
三上    かまいません。話して下さい。
教師    そうか。–––––私が調べたのは、区役所と、ホテル、旅館の類だが……つまりこ
      こ2、3年の間に、この街に越して来た者、あるいは、長期滞在していた者を、
      当たってみたわけだが、それらしい人は、見つからなかったという訳だ。
三上    ……そうですか。とすると……もう、この街には、居ないかもしれないという事
      ですね……
教師    ふーむ……なにせ、小さな街だからなぁ……そういう事になるかもしれん……。
三上    でも……
教師    ん?
三上    もしかすると、姉を連れ出した男の方が、この街に居るという可能性はあります
      ね?
教師    え?
三上    姉と男は、この町に来て、すぐ別れ、男だけが残っているとか……あるいはここ
      へ来る途中で別れ、男だけが、辿り着いたとか……。
教師    しかし、全く、根拠がないだろう。……そんな想像をふくらませるよりは、新し
      い手掛かりを一刻も早く探す事だ。
三上    そうですね。その通りです。
教師    気を落とさず、がんばりたまえ。
三上    はい。ありがとうございます。……でも、先生も大変ですね。毎年、いろいろな
      問題を抱えた生徒を受け持って、いちいち、こんなに親身になってくださるんで
      すから……
教師    いやあ……こんな事も教師の仕事のうちだからね。
三上    もう、長いんですか?
教師    え?
三上    この学校で教えられるようになってから、随分経つんでしょう?
教師    ああ、いや、まだ、ここは、3年程だ。
三上    ……。(笑う)
教師    ……?
三上    そうですか。まだ3年ですか。それじゃあ、ちょうど姉が居なくなった頃、こち
      らに、いらしたんですね。
教師    ……。
三上    いえ、只、奇遇だなと思って………
教師    三上君、君………
三上    冗談ですよ先生。どうも失礼しました。(去ろうとして、振り返る) ああ、それか
      ら先生。先生の血がマーキュロだなんて、あんなウソ、僕には通用しませんよ。
      じゃあ。

と、言ってドアに向かう。重なるように、チャイムの音。

教師    三上君!! 教室に戻ったら、今日は、自習だと伝えなさい!!
三上    (ドアから出かかってクルリと振り向き) はい。

と、返事をしてドアを閉める。同時に暗転。

(3場)

暗転の中、虫の声、遠くで猫の盛る声、夜になったので。誰も居ない保健室。ガタガタッと
いう音がする。人体模型が裏返りあの、乞食少年、顔を出す。少年、あたりを見回すと、誰も居ないのを見定め、例のごとく、大口を開けて笑う。嬉しそうに、保健室中を、飛び回る。
景気づけに、アルコール液を飲み干す。つまみは、ヨードチンキを浸した、小さな丸い、脱脂綿。幾つも、口に、放り込む。次に、諸膚を脱ぎ、エタノールを浸したガーゼで、ペタペタ体を拭く。つまり、今は、彼の、入浴の時間なのだ。体を、清め終わると、おもむろに人体模型を台からはずし、抱きしめながら、グルグル回る。中央のベッドに寝かせ、キッスをする。ゆっくり口を離す。人体模型と、彼の口の間に、唾液が長い、糸を引き、キラリと光る。
その時、ドアのノブが、カチャカチャいう。少年、慌てて、人体模型を元に戻し、ベッドの後ろに、隠れる。三上、入って来る。懐中電灯を手にし、机の所に行く。引き出しという引き出しを開けて、何かを探しているようだ。机を離れると、懐中電灯の光で、ゆっくりと壁を、なめていく。白衣の上で止まる。三上、白衣のポケットをものすごい勢いで探る。が、何も無い。三上、諦めて、立ちつくす。乞食少年、ベッドから出てきて、三上に忍び寄る。三上の懐中電灯を奪い取り、それで、三上の顔を照らす。

 

三上    だ、誰だ!
乞食    ……。
三上    誰なんだ!
乞食    俺だ。
三上    え?
乞食    俺だ(と言って、今度は自分の顔を照らし、大口を開けて笑う) アハハハ!
三上    君、誰?……ここで何をしているんだい⁉︎
乞食    お互い様だろ?…俺は、入浴だ。
三上    入浴? ここでかい?
乞食    俺は、いつも保健室で身を清めるのだ。それより、お前は、何をしていたのだ?
三上    ……。
乞食    こんな時間に、こんな所で、ドロボウみたいなマネをするヤツは、俺だけだと
      思ってたのだが。
三上    ……。
乞食    それにお前、危ない所だったぞ。あと20分もすると、あいつが、宿直にくる
      はずだ。
三上    あいつ?
乞食    お前の担任だ。……お前転入生だろ。
三上    ああ。
乞食    友達、出来たか?
三上    ……。
乞食    その様子じゃ、まだだな。……よし! それなら、いいものをやろう。……へへ
      へ……転入生には、うってつけの品物だ。

乞食少年、体のあちこちから、ガラクタを出して、並べる。

三上    何だい、そりゃあ。
乞食    まず、魔除けのコウモリのツメだ。それから、3丁目のタマの歯。タマは、も
      う、200年生きてるネコだ。それから…おっと、こいつは、気をつけないと
      な…ほら…銀バエの羽根だぜ。……ん?どうだ?安い値で売るぜ。
三上    そんなもの、いらないよ!!
乞食    …そうか。……分かったよ。じゃあ、こういうヤツはどうだ?

乞食少年、懐から、数枚の写真を取り出し、ニヤニヤする。足を投げ出し、足の指の透き間に、1枚ずつ、はさんでいく。

乞食    おい!これなんかどうだ?いいオッパイしてるだろ?え?
三上    (呆れて、顔を背ける)
乞食    なんだよ、おい!見てみろよ。……じゃあ、こっちはどうだ?こっちの方が、
      脚が、いいぞ。
三上    (無視する)
乞食    …そうか、お前、あれか。女1人のヤツはつまらないのか。それならもう、
      こいつだよ。ほら男と女のカラミってヤツだな。
三上    いいかげんに、してくれよ!僕は、そんなものは買わないよ!!
乞食    …へっ!お堅いんだな。わかったよ!買う気がないならしょうがないよな。

乞食少年、アルコールランプに火をつけ、写真を、燃やそうとしながら。

乞食    まあ、そりゃあよ。カラミと言ったって、腕組んで、歩いてるだけの写真だもの
      な、売れなくたって、仕方がないけどさ…でも、苦労したんだぜ!金ブチの内ポ
      ケットから盗み出すの。(火に、かざす)
三上    ちょっと待って!
乞食    おっと目の色が変わったな。
三上    それ、見せて!
乞食    その前に金だ。
三上    いくら!
乞食    格安で、千円だ。
三上    (もどかしそうに、ズボンのポケットをまさぐり、千円、差し出す。変わりに、
      写真、ひったくるようにして見る)
乞食    ほう…お前は、そういう、ゴシップが好きか?……それともその手の女が好きな
      のか?
三上    (黙って写真に、見入る)
乞食    まあ…人には、それぞれ趣味があるからな…(大口を開けて)
三上    うるさい! 嘲笑うのはよせ!
乞食    別に嘲笑ってるわけじゃない。俺はいつも、笑っているのだ。
三上    何故だ?
乞食    何故? 楽しいからさ。楽しくて、楽しくて仕方がないからさ。
三上    何が楽しい。
乞食    だって…世界は薔薇だもの。
三上    薔薇?
乞食    そうだ。一面の薔薇だ。
三上    僕には、そんなもの見えない。
乞食    見えなくてもいい。お前が薔薇だ。
三上    俺が薔薇? 俺は薔薇じゃない!
乞食    そうか。そんなに暗い顔をするな。それなら、もうすぐ、薔薇になる。
三上    ……。
乞食    さて、もうすぐ、あいつが来る。もう、帰った方がいいぞ。(人体模型に向か
      う)…じゃあな!

乞食少年、人体模型の裏に去る。三上、立ちつくす。アルコールランプの炎に照らして、
もう一度写真を、食い入るように見る。やがて、写真から目を離し、ランプの炎を、手の平で
切る。もう一度。3度目に、手の平、芯をはじき、炎、消える。同時に、暗転。

(4場・終場)

ドア、ゆっくり開く。教師が入って来る。黒いフロックコートを着ている。静かな音楽が流れる。教師、机の前に立つ。机の上には、数本のメスが並んでいる。1本、1本、手に取り、それを慎重に磨いていく。やがて磨き終わると、フロックコートのボタンを外す。その胸が開かれる。コートの内側に、様々な手術道具が、びっしりとはめ込まれている。その隙間に、磨き上げたメスを、静かに差し込む。コートの胸を閉じる。教師、小さく、低く、獣のように、唸る。突然、ドアを激しく叩く音。バタンと開く。激しい風の音。1幕の三上の登場と、全く同じである。ドアの向こう、まっ暗。B級怪奇映画のわざとらしさで、稲妻が走っても良い。その光で、立っている三上、反対の窓には、パラソルのみ、が、一瞬浮かび上がる。三上、中に入って来る。ドア閉まる。風の音、止む。

三上    今晩は。転入生の三上です。先生お話があって、やって来ました。
教師    (校内放送を、淡々と真似て) 下校時刻は、とっくに過ぎています。全校生徒の皆
      さん、通用門が閉まります。直ちに、下校いたしましょう。3、2、1…。
三上    こんな時間に申し訳ありません。どうしても、お話ししなければならない事があ
      るんです。
教師    下校時刻はとっくに過ぎています。全校生徒の皆さん、通用門が閉まり……
三上    通用門の鍵は、壊れています。
教師    (面倒くさそうに、ため息をつき、机のふちを、なでさする) 頼むから…私の仕事
      の邪魔をしないでくれないか……。
三上    手間はとらせません。質問に答えて下さればいいんです。ボタンの…いえ、姉さ
      んの事なんですが…
教師    どうして、君たちは、そんなに話したがるのかね?
三上    …。
教師    (執拗に机のふちをなで続ける) この机はいい。あのベッドも、つい立ても、
      薬の棚も……皆、静かに、黙ってるじゃないか…。そして、いつも変わらず、
      ここに、ある。
三上    ……。
教師    (また、ため息をついて)……冷たくって、気持ちがいい…。
三上    僕の姉も…冷たくて、気持ちよかったですか?
教師    え?
三上    僕の姉も、冷たくて、気持ちよかったですか?
教師    え?
三上    僕の姉も、冷たくて、さぞかし気持ちよかったでしょうと言ってるんです。
教師    きみの姉さん?
三上    姉さんも、あんたも、同じ事ばかり言う!!
教師    (机をドン! とたたき) 私はねェ、この机の事を言ってるんだよ!

音楽、三上、正面を向く。

三上    昭和55年、2月21日。雨。2日続きの雨降りだ。ビルの壁も、アスファルト
      も、てらてらとした水を、絶え間なく吐き出している。姉と並んで歩道を行く
      と、靴にしみる冷たい雨で、キリ、キリリと、爪先が痛む。交差点に差しかか
      る。信号は赤。立ち止まって振り返ると、電信柱につかまって、姉が、ぽつん
      と、立っている。つかまっている電柱から、雨水がザアザアと、姉の手をつた
      い、肘のあたりまで流れている。信号、青に変わる。姉、動かない。姉を呼ぶ。
      答えない。もう1度呼ぶ。こちらを見ない。肘が見える。びしょびしょに濡れ
      た、肘ばかり見える。それは、もう、130度に折れ曲がった河だ。姉は、いつ
      までもそうしている。もう1度、呼ぶ。姉、やっと、口を開く。…「冷たくっ
      て、気持ちがいい。」

教師、去ろうとする。

三上    真面目な話なんです。質問に答えてください!
教師    (振り返らず) 数学かい? 物理かい? 化学かい?
三上    いいえ!
教師    ああ君なら道徳かな。
三上    いいえ!
教師    (振り返って)じゃあ、5時間目のトルコ語の授業についてだね?
三上    何処です。
教師    XXXXXX?(何処にいるんです、と、トルコ語に訳して言う)
三上    (おさえて) …真面目な話だと言った筈です。…(ゆっくりと)
      姉 さ ん は 何 処 で す か?
教師    (ゆっくりと) X X X X X、X X X X X?(同じく、訳して言う)
教師    (やっと日本語に返って)……三上君。確かに私は教師であり、生徒の質問にはな
      るたけ答えられるよう、日々努力している。君の姉さんの事も、できる限りの事
      はした筈だ。しかし、あれ以上、私に何が答えられるのかね。
三上    あなたなら、答えられるから、言ってるんです。
教師    私は占い師かい?
三上    先生! 調べはついてるんですよ。
教師    …調べって、君、いったい私の何を調べたの。
三上    関係です。姉とあなたの関係ですよ。
教師    (苦笑する) 私はねェ。君に姉さんの顔も知らないんだよ⁉︎

 音楽、三上正面を向く。

三上    昭和56年12月4日。曇り、のち晴れ。姉が居なくなって、1ヶ月たつ。姉の
      アルバムをめくってみると、写真が、1枚残らずはがされている。僕のアルバム
      も調べてみる。姉が一緒に写っていたものは、全て半分に切り取られ、残された
      端で、1人、白痴のように笑っている僕の顔が、あちらこちらに、散らばってい
      る。…姉のアドレス帳を調べる。やはり、これも破られている。だが、残された
      白紙の1番上のページに、ペンの跡が、僅かに見える。4Bのエンピツを水平に
      あて、丁寧にこする。うっすらと、文字が浮かび上がる。努力の結果、9名の住
      所、氏名等を確認。うち、1件、診察所……白。残り8名。うち、5名、女
       ……白。残り、男性3名。うち1名、昭和55年に死亡…白。1名、追跡の結
      果…白。残り、1名!取り調べ中…現在!

 三上、教師をスッと指差す。音楽、止まる。

三上    …先生。あなたです。

        間。

教師    (ニヤニヤして)…君ねェ…探偵物の見過ぎじゃないの?…… まぁ、知っていたな
      ら知っていたで、こちらもそのように対処をしたんですがねェ…
三上    やっと白状する気になりましたね。
教師    ふふん。白状ねェ。…でも、残念だけど、君の期待しているような返答はできな
      いよ。君の姉さんと僕とは、只の知り合いさ、それも3年前に音信が途絶えたき
      り、1度も会ってはいないよ。
三上    まだ、しらを切るんですか? あなたがそうやっていつまでも隠し通すつもりな
      ら、やはり、言わなければなりませんね。…あなたの背広の内ポケットに、1枚
      の写真が入っていましたね。え?どんな写真です?随分大事そうにしまってあり
      ましたが……あなたが、恋人と…僕の姉と、腕を組んで楽しげに笑ってる写真
      じゃないんですかっ!!

三上、ポケットから写真を取り出し、教師に投げつける。教師、床に落ちた写真を見下ろす。
怒りに震えている。

教師    …三上君…君…君は、他人の内ポケットを盗み見たんですか…他人のポケットを
      盗み見た人間がどうなるか知っていますか?……ハエ取り紙だよ君…そいつの汚
      物がへばりつくぞ!!…君も、随分趣味が悪いねェ…え?……姉さんも…そんな
      君がイヤになったんじゃないの?
三上    何っ!
教師    そんなお前にうんざりして、逃げ出したんだろうと言ってるんだ!
三上    黙れ!! 捨てられたのは貴様だろう!やっぱり思った通りだ!(三上、落ちて
      いた写真を拾い、教師の前の机の上に、バンと置く)見ろ、この写真を!いいか
      腕を組んでるように見えるが、こんなに隙間が開いてるじゃないか!え? どう
      だい! あんたが、姉さんをものに出来なかった証拠さ!…あんたが、あの肘を
      手なづけられる訳がないんだ。あの肘にあんな肘に、いったい誰が腕を通せる!
      はははっ!さぁ、捨てられたからって恥ずかしがる事はないさ。あんたと姉さん
      はいつも何処で会ってたんだ?姉さんは何処に住んでると言ってたんだ?あんた
      を捨ててから何処へ行った⁉︎ さぁ、答えろよ!!
教師    …その通りだ。あれは、人を愛せる女じゃない。君も私も捨てられたんだ。別れ
      たのは、3年前だよ。姉さんが、まだ君の町に居る頃だ!
三上    あんたが連れ出したんじゃないっていうのか? なら、誰が連れ出したって言う
      んだ!
教師    君が最初に言った通り、月を見ていただけだろう。
三上    何!
教師    人じゃなくて、月だったんだろうと言ってるんだ!
三上    いい加減な事を言うなっ!
教師    これ以上は、何も言えんよ! 知らんのだよ。
三上    言え!!
教師    知らんものは、言えんよ!!
三上    言え!! 言え!! 言え!! 言え!! 言え!! 言え––––––っ!!

      三上叫び続ける。

教師    ………

教師、三上を、一種、驚きの目で見る。三上には、もう何を言っても通じない事を悟る。
疲れ、イスに、座り込む。何も言えない。考え込む。三上は、ひたすら、教師を睨み続ける。 間。 教師、あることに気づく。三上を見る。

教師    君…胸のボタンが外れているよ。だらしがない。
三上    え?
教師    ボタンさ。制服の第2ボタンだよ。
三上    (急に、オドオドしだす) これは……いえ…これは…

教師、その様子を、じっと見ている。

教師    確か君、さっき…ボタンが何とかと言ってたね。
三上    ……。
教師    失くしたのかい?
三上    ……いえ…だから…あの…(急にはいつくばり、あたりの床を探したりするが、
      シドロモドロ)
教師    ボタンと、姉さんと、何か関係あるの?
三上    (急に立ち上がり、開き直って) だから、そのボタンを返してくれと言ってるん
      じゃないか!
教師    え?
三上    (今度は、ひどく怒って) ボタンさ。ボタンを返せ!!
教師    何を言ってるんだ。ボタンをどうしたんだ!
三上    (急に思い出したように) ……ああ、あのボタンは、姉さんが持って行ってしまっ
      たんですよ。それを、どうしても、返してもらわなければならないんです。
教師    ボタンを?
三上    ……(ボンヤリと、遠くを見つめている)
教師    …きみ。
三上    ……。
教師    …もしかして君は。
三上    (はっとして) 何ですか?
教師    …(その顔を見ている)
三上……。
教師    (急に顔を輝せて、微笑する) ひょっとして君は…
三上    …?
教師    えっ?
      …………君…………姉さんを、殺したろ。

三上、石の様に凍りつく。間。三上、小刻みに震えている。ゆっくりと、学生服のボタンを、1つ、1つ、むしり取る。右手に集め、じっと見る。その右手を、顔の高さまで上げる。間。ポロリと1つ落とす。すると、後ろの薬棚の薬のビンが1つ、落ちて割れる。ポロリと、また落とす。薬のビンがまた1つ落ちて割れる。ポロリとまた落とす。薬のビンがまた1つ落ちて、割れる。最後の1つになる。間。ポロリと、また落とす。突然、薬棚を埋めつくしている全てのビンが、一勢に崩れ落ちる。薬ビンと共に、棚も崩れ落ちる。その向こうに、朽ちかけた木馬が1頭、静かに揺れている。木馬の背には、姉が、ビニール管、ゴム管、電線などで、あお向けに縛りつけられている。姉の体には数えきれない程のガラスの破片が刺さっている。傷口からは、夥しい量の血が流れている。静かな音楽が聞こえる。遠くから、小さく教会の鐘の音も聞こえる。間。三上、放心したように、呟く。

三上    …月夜の晩に、ボタンが1つ、波打際に、落ちていた。それを拾って役立てよう
      と、僕は思った訳でもないが…。(中原中也)

三上、静かに、遠くを見つめて微笑んでいる。が、突然、表情を変え、狂った様に教師につかみかかる。教師、三上の胸ぐらをつかみ、もみ合う。教師、三上の体を、医療器具の入った戸棚に叩きつける。三上、再び教師につかみかかる。その体を、今度は、ドアの横の配電盤に叩きつける。三上の背でショートして、火花が上がる。激しい音楽が入る。部屋の蛍光燈、一勢に、イライラと点滅し始める。三上、崩れ落ちて割れた薬ビンの1つを拾い上げ、構える。
教師、フロック・コートからメスを取り出し、構える。三上、切りつける。教師、かわす。
2人、体を入れ替えながら、何度か繰り返される。荒い息。2人共、かなり疲れてくる。やがて、激しくもみ合う内に、教師のメス、三上の腹に突き刺さる。三上、悲鳴を上げる。音楽、ピタッと止まる。2人、そのまま動かない。天井から、粘液のような雨が、糸を引きながら落ち始める。三上、苦しそうな声を上げ、教師から離れ、床をのたうち回る。教師、荒い息で、それを見下ろす。三上、「痛いよ。」「畜生。」「ひどいよ。」などと、うわ言のように言いながら、のたうち回る。静かな、暗い音楽が流れる。雨は、糸を引きながら落ち続ける。
三上、やっと立ち上がりかけると、教師、再び三上の腹を刺す。三上、悲鳴を上げる。
「痛え!」教師、三上を突き放す。三上、よろけながら「もう、やめてくれよ。」「たのむよ。」「痛いよ。」などと呟く。血まみれでのたうちながら、それでもまだ手当たり次第に、手にした物を、教師に投げつけたりする。教師、三上を壁に押し付け、腹といい、胸といい、メッタ突きにする。三上を恐れているかのように、刺し続ける。うわ言のように、「この蛆虫野郎。」などとぶつぶつ言っている。やがて疲れて、離れる。三上、よろよろと中央まで行き、苦しそうに、ワイシャツの前を、ビリビリとひき裂く。胸の肉がめくれ、肋骨がのぞいている。三上、そのまま倒れ、絶命する。教師、三上の死体を見下ろして佇む。血で汚れた自分の手に気づき、いまいましげに、ベッドのカーテンで血を拭う。

教師    汚ない血だ。

教師、つかつかと部屋を横切り、ドアを開ける。学生6人駆け込んでくる。
生徒3、三上の死体をずるずる引きずり、部屋の隅の大きなポリバケツの中に捨てる。
部屋明るくなる。6人の学生達の学生服の合間から、体をはう、細いビニール管が見える。
管の中を、マーキュロが流れている。

   

生徒6   1985年、2月24日、行谷あたる、62%マーキュロイド!
生徒5   同じく、酒井泰樹、52%マーキュロイド!
生徒4   同じく、中島晴臣、74%マーキュロイド!
生徒1   同じく、矢車剣之助、67%マーキュロイド!
生徒2   同じく、浅田伸郎、85%マーキュロイド!
生徒3   同じく、武井龍秀、98%マーキュロイド!

言い終ると、生徒6人机に腰掛けた教師の方を向く。

生徒3   …そして、どうすればいいんですか。
教師    息を吸え。
皆     (ス-–––––––––––ッ)
教師    息を吐け。
皆     (ハ––––––––––––ッ)
教師    そして待て。
生徒3   いつまで。
教師    体内におけるマーキュロの純度が高まり、完全な浄化がなされるまで。
生徒3   どこで。
教師    ここで。

音楽。 (第3の選択) 学生達、ゆっくり呼吸を繰り返しながら、自分の心臓や、手首、こめかみに手を当て、体の変化を確める。教師、じっと前を見て動かない。その後方を巨大な月が、ゆっくりと沈んでいく。              
             –––––幕–––––








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